| 過去の本日の山口正己 | |
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9月21日
KWのK原さんが、イタリアで買ってきてくれた、
アーティチョークの瓶詰めをいただきに上がる。
MチームのY氏から紹介してもらったその瓶詰め、
なんとも美味い。今年は月曜日にR子ちゃんとデートしたので、
買出しにいけなかったが、1ビン余計に買ったので、
ということでおすそ分けにさずかる。
ついでにご近所の中華。
ここの中国の田舎料理がまたウマイ。
帰りにゴルフ5でパターのグリップを入れ替える。
が、なんだかプヨプヨして感じが悪い。
やり直してもらったらまずまず。
明後日はこれで完璧、ってクラブがね。
スコアのことは終ってからのお楽しみ。
原稿を2本ほど書くが、完璧な時差ぼけ。
しかし、西回りの時差ぼけは、早起きできて便利。
その代わり、10時にはバタンキュー。
健康と言えば健康な時差ぼけである。
9月18日
午後のJAL便で成田へ。
機内で久々の本日を書く。
サボりまくりだったので、本日じゃなくて、本月だな。
3日に一度は見て心配してます、
と言ってくれたK太郎ちゃん、これから少し真面目に戻ります。
・・・・・・と思う(^-^)/。
9月17日
ロジャーの結婚式。
その前に1ラウンド。ボロボロのスコアは、
後ろめたさのせい?
ロサンゼルス空港の南側の海沿いのガラスの協会。
6時に挙式が始まった。神父の誓いの言葉が英語でよかった。
断片的にしか分からないので、ウルウル程度で我慢ができた。
26年前に、誓いの言葉を泣きながら言ったことを思い出した。
何に感激しているのか分からない。
一緒になる、とか愛しているとか、そういうことかな?
F1の学校に続いて、人生の基本に触れると
ウルウルするのだということを再確認した。
しかし、神父と二人の対話が日本語だったら
オイオイ泣いちゃったかも。
披露宴はロジャーが住んでるべバリーヒルズ近くの寿司屋。
ロジャー応援団長の店で、食いまくり飲みまくり。
シャンパン、チューハイ、赤ワインにテキーラ。
ロジャーはテキーラの一気飲みの連発でグロッキー。
トイレでリバースギヤのヘロヘロであった。
ちょっとおなかの大きくなった新婦と共に、
明日から楽しくやってください。
9月16日
今日はロジャー結婚記念コンペ。
だが、最近ゴルフに嵌っている新郎は
残念ながら準備にご多忙で欠席。
一緒に回ってM沢さん、
始めて5年くらいというけれど、
きれいなフォームと安定したスイングで、
女性とは思えない飛距離。
オマケにおしとやで奥ゆかしい美人。
スコアが乱れたのはそのせいだな。
9月15日
ロサンゼルスに到着。
ヒコちゃん、某ドライバー2名、カメラマン2名、
マネージメント会社の社長、その他レース関係者や奥方で、
タイガー・ウッズが絶賛したという岩場の景観のコースへ。
ズタズタのスコアは時差ぼけのせいにしておこう。
新郎のパパのレジデンスに居候。
台所付きのこういうホテルは家族連れにもお奨め。
ネット環境も抜群で、サクサクと校正も進んだ。
9月15日
感動の一日出会った。横浜の磯子東小学校で、
“F1の学校”。KK田君の発案実行で、
素晴らしい企画が実現した。
2003年型のトヨタF1を体育館に持ち込み
ホンダのRA306E(要するに今年バージョン)エンジンや、
ブリヂストンのF1タイヤを陳列。
他にも、細かいパーツやレーシングスーツ、
5人のカメラマンの写真を1m×1.5mに引き伸ばしたパネルも圧巻。
ヘルメットを並べての授業が行なわれた。
学術研究員として、お手伝いしたが、
私の持ち場は、最も地味な場所だった。
理科実験室に用意されたブレーキディスクと
金属材料の見張り。しかし、なのである。
こんなものにこんなに喜ぶなら、一番いい持ち場だったかも。 大人と子供の興味の大きな違いは感動的ですらあった。
5種用意された高さ5cmほどの円筒形の金属。
重い方から、タングステン、ステンレス、
チタン、アルミ、マグネシウム。
タングステンとマグネシュウムの比重は10倍近く違う。
しかし、名前や比重なんかどうでもいい。
“違う”という事実に学年問わず興味を示す。
F1は、速く走るためにいろんな工夫をしていてね、
出来る限り軽くしたいけれど、強くなければいけない場所もあって、
それぞれ考えて一番あっている金属材料で作るんだよ。
説明しているうちに、こっちもF1が復習できた。
一般車用の金属性とF1用のカーボン製のブレーキディスクは、
5kg弱と1.6Kg強。そのまま一般車とF1の重量比率になることも新発見。
重い一般車用と軽いF1用を持ち上げて、
重さの違いに大喜びする生徒をみて、
いい思い出になってくれたらいいな、と心から思った。
1〜2年生の授業は、“自分でF1を組み立てる”。
ダンボールで5分割されたF1が全員に配られ、
A4の紙に貼って色を塗って完成、と思いきや、
それを大きな台紙に全員分を並べて貼り付ける。
一人一人が組み立てたF1が80台ほど集まると、
壮大な作品の完成だ。
生徒用、プレス用、スタッフ用、先生用にパスが用意された。
プラスティック製で、主催者の川喜田君は、
「これが一番金がかかっちゃいました」と笑ったが、
こういうものなら思い出の品として取っておける。
生徒にも、先生にも、我々スタッフにもいい思い出の品が出来た。
最後に川喜田“校長”のあいさつに思わずウルり。
「F1の仕事をしていたら、仲間ができて、
今日もお手伝いをしてくれました。F1でなくても、
どんなお仕事でも、たくさんの人が力を合わせてやっています。
そして、一生懸命やっていると、
そいうい仲間が出来ることが、一番嬉しいことなんです」。
こういうところに立ち合わせてくれた川喜田君に感謝。
そもそも、2月に顔面麻痺発病の時、
領事館や病院、知り合いや薬について、
とっても親身に面倒を見てくれた。
ほんのりいい気分で東京プリンスホテル。
ヒコちゃんと待ち合わせて成田。
爽快な心持でロジャー安川の結婚式に出発した。
が、成田で[F1をひろめよう通信]の校正確認を、
Air-Hで受信しようとしたら、想定時間3時間50分!
LAXに着くまで待ってもらうことになったが、
後送の写真がまだであった。
早めに入稿したつもりだったが、SMDさん、
またまた土日出勤させちゃってゴメンナサイ。
8月25〜9月14日
暑くて忙しい1ヵ月であった。
●[F1をひろめよう通信 WELL!]がめでたく創刊。
たくさんの方から叱咤激励をいただき感謝。
が、改めて考えの甘さに気が付いた。
隔週更新だから適当にこなせると思ったのは大間違い。
2週間に一度、ということは、
更新1週間前には入稿終了なわけで、
その間、トルコGPだのイタリアGPだの行ってたら、
要するに、編集制作の時間がほとんどない。
。 私がそういう状況なら、制作担当の時間が圧迫され、
結果として土日出勤を強要、
“F1の仕事以外、まるでできません”、
と言う状況にしてしまったC社の方々、ゴメンナサイ。
しかし、員フォメーションのY家さん、
データ管理のI川さんのお陰で、
なんとか3号目まで漕ぎ着けた。
と言っても、9月15日に3号目を校了寸前で国外逃亡。
校正の心配をさせてしまって恐縮至極。
いくつかのメーカーから趣旨に賛同いただて、
バックアップをいただいたけれど、
制作費はボランティアの域を脱しきれないものの、
なんとか形になってきた。
10/8鈴鹿に向けて、F1が盛り上がりますように。
●クーラーの水漏れに続いてガスコンロが壊れた。
クーラーの信じられない多量の水漏れ閉口。
なんとか受け皿を作って2時間おきに排水をすることで凌ぐ。
が、火がつかないコンロは新調するしかない。
時間を見つけて購入したものの、パイプが合わず。
ジャックが必要なら言ってくれって。
ムラウチホビーを無駄にもう1往復。
しかし、あたらしいものは気分がいいので許そう。
8月21〜24日
瞬間的に時間が過ぎた。
[F1をひろめよう通信]が24日昼過ぎに創刊!
デザイナーのS世さんにSMDさん、プログラマーのI川さん、
編集のY家さん、アイデアくれたKK田さん、
そして、そもそもこれを提案してくれたI村さん、
それから内緒で予算を心配してくれた某社のWさん、
お世話になりました。
おっと、“なりました”では過去形だ。
これからもお世話になりますので、
しっかり覚悟してください(^-^)/。
結果としてチャンスをくれたフジテレビにも感謝。
トルコへのトランジットのシャルルドゴールで、
24日朝6時20分に確認して一安心。
プリント版も明日には皆さんに届く手はず。
[F1を広めよう通信]は、一般メディアの方々用だけれど、
特別に↓。
<http://www.f1-well.com/001>
その代わり、ご覧になった感想を、
こちら↓によろしくお願いします(^-^)/。
<http://www.39-web.com/bbs/motwww.cgi>
<嬉しかったこと>
☆I村さんが退院した。
☆新しいデスクトップのハードディスクを買った。
☆三男がよく勉強するようになった。
☆某氏の結婚式の名目で、ゴルフ三昧できそう。
☆甲子園で酸素カプセルがスッカリ有名になった。
☆女房を酸素カプセルに誘ったら大喜びだった。
☆[F1を広めよう通信]創刊!
<心配なこと> ★ポッカ1000kmのペナルティ。
★ハードディスクがちゃんと動くのか。
★三男、“勉強するようになったように見える”だけか?
★ゴルフ三昧はいいが4日連続の体力はあるのか。
★創刊号以後の企画をまだ考えていない。
世の中、なんとかなる、ということで。
8月13日〜20日
先週、入院したか、通信ができないところに隠匿したの?
という問い合わせが来たが、夏期休暇。
てのはウソ。普通に生活していた。
第一、[F1を広めよう通信/WELL!]の制作を
をやらせといて休みだったら半殺しだ。
アメリカ帰りのS世さんと、その会社CL○○の方々、
Y家君を巻き込んで、なんとか最終コーナーを回った。
しかし、コーナーを脱出して見えるのは、
チェッカードフラッグじゃなくて、
スターティングフラッグなので、まだ安心はできない。
バトンの幼年時代の写真を世界中(ちょっと大袈裟)
探しまくり。結果として、サットン・イメージに、
17歳の時のものがあったが、可愛さ不足で帯に短し。
しかし、1997年鈴鹿のカートワールドカップのその写真、
セナ・トロフィーを受け取った記念すべきところであった。
マイクを差し出すのが鈴鹿場内放送で、すっかり一人前気取り(?)の
ピエール北川の育ての親、おまかせかっちゃんじゃないの!
早速電話して情報収集。鈴鹿の広報室で貴重な情報をいただけた。
ひょうたんから駒。そもそもバトンがカートレースを始めた8歳は、
あの、マクラーレン・ホンダが16戦15勝した年だった。
[F1を広めよう通信/WELL!]の巻頭特集用に、
初めてF1ウィナーで鈴鹿にやってくるバトン、
というストーリーができた。みなさん、ありがとう!
それにしてもブロークン英語で今までにない媒体としての
[F1を広めよう通信/WELL!]を伝える作業は、
かなりしんどかった。
読者対象は各媒体で、F1の情報を伝える、というと、
当社の写真は、それらの媒体で自由に使われるのか、と言う。
そうじゃない、と言うと、コーマシャルベースか、と言ってくる。
すったもんだの結果、トルコでお宅のスタッフに会うはずそえ、
そこで説明するので、料金はその後ということで、
ということで一応の手打ち。
最後に、Masamiの英語はとっても上手、
と社交辞令までいただいて、辛労は最高潮。
そういう状況で、18日には“君が代が聞けてよかったね会”を主催。
顔面神経麻痺を押して頑張って行ったF1だってのに、
よりによって取材会に呼ばれたのをお断りしたハンガリーで勝っちゃって、
悔しいから君が代を聞けなかったT中氏、K内氏、H本氏、
I上氏、 FTVのW邉さんに琢磨の番組制作中のF嶋チャンで集合。
唯一日の丸を現地で聞いたHF1のT辺氏をみんなで羨ましがる。
冷静なT辺ちゃんも、流石に君が代を聞いた時は並だが出たそうだ。
これだけのメンバー、いくら時間があっても足らなかった。
現場で聞けなかった悔し紛れにアイデアが出た。
現場で聞く君が代は素晴らしいことはわかった。
しかし、次の段階がある。
日本GPの現場で“歌う”君が代だ。
これは壮絶なのことになるはずだ。
今年は無理でも、来年以降に是非、合唱したいものである。
日本で泣ければできない快挙。合唱がウェーブになったら、
どんなにすごいだろうな。
それとはもかく水曜日辺りから肩こり全開、
金曜日の君が代の会の前には我慢できず、
青山のE先生の点滴と上野のエアプレスの酸素。
そのおかげで18日の痛飲にも関わらず、
19日土曜日と日曜日の鈴鹿は、
暑さも負けず元気であった。
鈴鹿には本山哲の要請で、酸素カプセル搬入。
大人気だったが、本山チームの井出有治が、
黄旗追い越しとペナルティのフラッグ無視でなんと失格。
酸素が効きすぎて、パワーが余っちゃったのか。
世の中なかなかすべてがうまくは進まない。
しかし、なんとかなる、というのも世の摂理ではある。
22日は、浜松町で[F1を広めよう通信/WELL!]の最終校正。
23日にはweb対応したものを最終確認できるはず。
日と段落で、めでたく夏期休暇が明けた日本である。
8月12日
月曜日に頚椎の手術を受けたI村さんから、
無事生還しました!というメール\(^0^)/。
“手術後二日目で歩行できたし、
しびんも不要でした”を読んで、
笑うところで思わずジ〜ン泣けてきた。
本人も奥さんも、心配して大変だったので、
こんなジョークが言えて、本当によかったなぁ。
6月24日(もう1ヶ月以上も経つのか!)に、
香港から帰ってきたI村さん。
以前から首が痛いと言っていたが、
右の足と手が麻痺して歩行不能。
成田から車椅子で帰宅する事態になった。
MRI、CTで調べたところ、脊髄圧迫で心肺停止寸前。
一大決心して7日に、8時間にも及ぶ手術。
出血多量で大変苦労したものの、
手術は成功。ホンダ優勝が前祝だったのだ。
経過が順調なI村さん、
実は酸素カプセルのサロンの経営者。
以前サッカーのベッカムが骨折した際、
これで治癒を早めた最新の治癒力増強システム。
“切開跡と人工骨の馴染みにはてきめんのはず”と、
自ら効果を証明する予定。
ともあれ、無理せず、じっくり直してください。
8月11日
[F1を広めよう通信]の最終調整。
I川さんにwrbの準備をしていただく。
幸福の扉のサーバーにサブドメインを新説。
近日公開に向け、ドメインも取得。
しかし、5250円の申請料を、どう間違えたか、
5252円送ってしまい、ドメイン設定会社から、
超言いにくそうに、“2円多かったのですが”と電話。
“失礼しました。面倒でしょうから、御社に寄付するってことで”。
はぁ〜って、当然だわな(^-^)/~。
ともあれめでたく申請も済み、
あとは、完成を待つばかり。
といっても、実はここからが大変なのね、ハハハ。
笑ってる場合じゃないな、と思いつつ中央線。
中野信ちゃんとメシの約束。
相変らずかっこよくてスマート。
結婚してまた一回りいい感じになったかもしれない。
3月に結婚した奥方ともども、神楽坂のカルミネ。
久々のイタリアンがおいしかった。
それより笑えたのが、トルコの偶然。
いろんな話の合間に、去年のイスタンブールの、
レース翌日の話になった。
“トルコは、日本人に優しいというけれど、
それっ、“日本人が一番騙し易いってことかも。
“島津製作所の通訳やっていたジャンて男がね”、
とそこまで話したら、中野夫妻が、
エッと顔を見合わせた。
ジャンて、日本語ぺらぺらの、
とっても親切な背の高いトルコ人?
もしかして、4月にアメリカンル・マンで
トルコに行った時に、親切にしてくれたあのジャン?
え〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!????
同一人物であった。
詳細は、ジャンとの出会いをつづったここ↓で。
http://www.39-web.com/more/018.htmlの
※去年の日記から、 右上の2005年7月〜9月
をご覧ください。
改めて眺めるみると入力ミスが多くて赤面だが、
それもジャンに免じてお許しいただくとして(^-^)/~。
ともあれ、そういうことがあったなぁ、
と懐かしさ全開。
今年2戦も残しているルマンシリーズで、
信ちゃんがいいレースをしてくれますように!
楽しい仲間と食うイタリアンは一層美味かった。
中野夫妻を紹介できて、オーナーのカルミネさんも大喜びで、
今度は、電話してくれたら私が作ります、
とノリノリ。それよりカルミネさん、
サーキットであなたのパスタが食いたいです(^-^)/~。
8月10日
X誌の原稿を上げ、昨日の続きでフライトとホテルの確認。
なんだかんだ、マイレージがあるかっらって、
簡単にできるわけでもない。
面倒という出費を覚悟しなくちゃならない。
今回のエアフラもJALも担当者がまともだったが、
特にJALは、“どうせマイレージで稼いで、
ただでもらうんでしょ?”と、
言葉には出さないけれど、
そういう思考回路が見え見え。
悪いけどさ、オレは、マイレージでチケットもらうけど、
それはそれだけたくさんオタクに貢献した客ってことだし、
そもそも、アンタから得点航空券をもらうんじゃないぜ、
といいたくなる手合いが多い。
威張る気はサラサラないが、
サービスとは何たるかを、もう一度お考えあそばせっての。
夕刻、九品仏への豪華飯店。
ナビタイムがなけれはいけなかったな(^-^)/~。
Y氏の勇退追い出しコンパ。
主賓の佐分利さんがおっしゃっていたように、
日本ではお疲れ様というけれど、
ドイツもアメリカも、“おめでとう!”というのです、
その言葉をお借りして、新人生おめでとうございます!
H本さんにKO線の駅まで送っていただき、
京王八王子経由で帰還。
届いた[F1を広めよう通信]の作者に
原稿のネタをメールしていたら、
いつの間にやら3時過ぎ。
8月9日
トルコGPのフライトとホテルとイタリアGPのフライト、
ついでに中国GPのホテルの確認。
あ、9月に友人がロサンゼルスで結婚するので、
そのチケットもだな。
ありがたいことに、フライトはマイレージでカバーできた。 ということは、あ〜、また思い出した。
これだけたくさん頑張って行ったってのに、
ホンダの方々! 行かない時に勝たないようにってば。
8月8日
散々迷ったがトルコ行きを決定。
理由は以下のとおり。
☆ハンガリーから帰ったT治さんから電話で、
なにやってんの、と冷やかされて悔しかった。
☆中本さんに文句を言うのは、
イタリアでは遅い。
☆島津製作所の通訳をやっていたジャンに会える。
・・・・・・会いたくはないけど。
☆エアフラのマイレージが、ヨーロッパ+1万マイルで、
ブラジルに行けることがわかって迷ったが、
ブラジルは2ヶ月以上先なので何とかなる気がする。
というか、ほとぼりも冷めるだろうし、か?
☆ホンダ第三期7年目、という言い方が一般的だが、
間瀬さんから、“今年は第4期なんだよ”と言われた。
目からうろこ。勝ったホンダがどう変わったか、
この眼で確認しないとレーシング小僧の名が廃る。
そう簡単に変わらないって?
間違いなく変わったはずだ。
レースには“流れ”が相当大切なことを、
30年の見物生活で知っているもの。
9月のロジャーの結婚式に女房と行くことにした。
せっかくなので、ラスベガスで大儲けしてくるつもり。
出資金を募集中。元金無保証。
久米宏さんのカータッチがお休みになっていることを知る。
とっても残念だが、参ったサイト↓が存在した。
http://www.kumehiroshi.jp/cartuch.html
教えてくれたF嬢に、こんなの見せないでくれ、
と抗議した。久米さんの見識、力量に脱帽だ。
ハンガリーにいなかった以上のショック(^-^)/~。
もしかするともしかして、ウィリアムズ・トヨタ。
こいつは面白くなってきたかもよ。
8月7日
4時に起きてハンガリーGP決勝後の音声を聞く。
2輪であれほど勝ったホンダ社長にして、
現地で君が代は初めてだった、という福井社長↓。
http://www.auto-web.co.jp/F1/2006/08/column/07_1035.html
中本さんの嬉しさも伝わった↓。
http://www.auto-web.co.jp/F1/2006/08/column/07_1103.html
他の原稿をまとめて、9時過ぎに出発。
フジスピードウェイで2シーターの同乗。
同乗じゃなくて同情だ、などと思っていたら、
明日までに、ホンダ勝利の原稿を、と電話。
明日までに、他の原稿が2本ある。
こういうのを不幸中の幸いと言うのだろうか。
山田優ちゃんが脇坂寿一の後席で2シーターを楽しんだのを見物して、
同乗をY君に譲って中央道。
まずは寝るために打ちっぱなしで疲れることが必要だな。
汗びっしょりで帰還してシャワー。
一眠りしてパソコンに向かったら、
他の2本の原稿締め切りは、明後日であった。
だったら、乗ればよかった2シーター。
しかし、朗報もあり。
9時間近くかかったI村さんの手術が成功したという知らせ。
昨日も今日もいいことずくめだ。
一気にリラックスしたら、その反作用が待っていた。
コツコツと、進めておけば苦労なし。
ためたら怖い原稿の山(^-^)/~。
8月6日
女房と三男が鹿児島へ。
しかし、ハンガリーGPには参った。
中本さんに早速メール。
“行かない時には勝たないでね”とあれほど言ったのに!
在日日本人の悲しさ。早速、前F1PLのKさんに電話。
シーズン始め、“もう、若い連中がプレッシャーでパンク寸前、
勝ってガス抜きしてやらないと”という言葉を思い出した。
メールを書いていると、次男が叫ぶ。
お父さん、君が代が鳴ってるよ!
慌ててリビングへ。
君が代ってこんなにきれいだったっけ?
次男は盛んにガッツポーズを繰り返す。
日本のあちこちでも、こういう光景があるんだろうか、
なんだかとってもいい気分。
一旦寝て、現地から届く記者会見のまとめに備える。
なかなか寝付かれなかった。
8月5日
I川さんと町田駅で待ち合わせ。
[F1を広めよう通信]の発送リストの整理と打ち合わせ。
エクセルの基本を教わり、大進歩。
普通の人なら誰でも知っていることだが。
八王子で三男と待ち合わせて立川でCARS。
日本語吹き替え版だったので、シューマッハの声聞けず。
マリオ・アンドレッティも同様で残念だったが、
フィアット500の声優のジローラモを見直した。
ただのお調子者イタリア人と思っていたけれど、
声優の才能ありと見た。
三男とマグロ屋で海鮮どんぶり。
ファミリーな1日は終ったのであった(^-^)/~。
8月4日
上野で酸素をいただき、I村さんにチョコレートを届ける。
手術の月曜日が近づいて、
頭を刈って準備万端。
が、本人はナーバスになっていた。
頚椎の手術となればそれも無理からぬところか。
フジテレビ721でハンガリーGPの予選を見る。
見ごたえある予選だった。
8月3日
新宿でS世さん、F田さんと打ち合わせ。
少々長引き酸素カプセルを諦める。
打ち合わせ中に某社の某氏に電話して、
浅間の写真のストックの有無を打診。
“つい最近、たくさんお持ちの方を発見”、
という嬉しい返事。一気に解決だ。
時差ぼけで、打ち合わせが終った瞬間に、
脳が麻痺したようにやる気が消滅。
ただひたすら家路を辿る。
ハンガリーは20〜23℃という情報。
これをネタに早速原稿を書く。
マッタリしているところにギョッとするメール。
原稿、まだですか?
げげ、すっかり明日と思ってました。
完璧に目がさめ、猛烈なスピードで原稿。
すっかり眠れなくなって、時差ぼけが加速した。
ともあれ、K山さん、お待たせしてゴメンナサイ。
8月2日
2日はゆっくりして、税務署、市役所、整体で過ごす。
が、似るになって驚愕のメール。
“原稿の進み具合はいかがです?”とメール。
1日ずれていた。すっか明日だと思っていた締切が今日だった。
平謝りで締切を明日に延ばしていただく。
深夜2時に書き上げ、遂行して送信。
遅れた迷惑も朦朧とした頭で寝ることだけを考える。
ヘロヘロになって寝る。
7月31日〜1日
昼に中華のビッフェを食い(またかよ)、
三男に頼まれたlegoの店を中心街で探す。
簡単に見つかったが、
カタログをホテルに忘れて、どれを買うやら分らない。
日本に電話すると、三男はレゴなら何でもいい、
と言いつつ、でも、あれとこれは持ってるし、
どれとそれはいらないので、それ以外。
迷った挙句、バッグに入りそうな小ぶりなのを2ケ。
だが、空港でチェックインしたら、 免税店で売っていた。
わざわざ行って、高い買い物をした気分。
だが、モナコ以来の約束をやっと果たせて一安心。
19時過ぎののフライトでソウルを目指す。
非常口の後ろの席は、
可愛いスチュワーデス、じゃなくて、
CAがいるので得した気分だが、
足は伸ばせはしても、乗せられるところがなく、
却って疲れるだけであった。
こうなったらビビンバだけが人生である。
甥浮くいただいたが、食べ終わって気がついた。
残った一袋は、ごま油。掛けなかったことを悔やみ、
それだけ飲もうかと思ったが、情ないので諦めた。
グッタリしてソウル。
成田行きまで6時間。当初は、
ソウル市内で超ウマの石焼ビビンバに挑戦の予定だったが、
疲れてトランジットホテルで寝る。
3時間ほど寝て、キムチと辛子明太子を買って、
またまた狭い機内。
しかし、成田まで2時間足らず。
ウトウトしたらもう着いた。
クルマを受け取り、一目散で湾岸線から中央道。
飛行機が到着してから2時間半で帰還する。
西八王子駅で、相模湖の花火大会に言っていた女房と遭遇。
夜着のフライトは、家に着いたら寝られるので嬉しい。
が、ありがたがっていたら、しっぺ返しが来た。
7月27日〜30日
フランクフルト中央駅前のホテルから、
毎日1時間掛けてホッケンハイム。
木曜日は工事渋滞で2時間かかって閉口した。
お陰で琢磨のインタビューに間に合わず。
KK田君に電話して、変わりにひとつ質問してもらう。
“SA06は、新しいおもちゃをもらった見たいですか?
琢磨は笑いながら、“貰ったというより、
一緒に作ったおもちゃが完成した、という感じ”。
戦えるマシンを嬉しそうに語ってくれた。
岐路は無事にホテルに到着するか心配だった。
何せ、世界レベルの方向音痴。
考えすぎのクセしてせっかちなので、
余計なところで曲がりたくなる。
まともに帰ったらお慰み。
しかし、今回は、まるで迷わず無事帰着。
翌日からは、MチームのY氏のナビで安心道中。
それにしても、階級社会の証明が、
兼ねを払うパドッククラブの扱い。
駐車場から、なんと、高速道路のサービスエリアに抜けられる。
行きは、高速道路からサービスエリアを抜けて、
アッという間に駐車場。
渋滞の中なら高速道路に乗るまでに2時間は稼げそうだ。
当然、毎日その道を使わせてもらう。
ドイツの食事は、中華に限る。
木金と食った駅前の2軒は共に合格点。
日曜日の帰りにKK田に連れて行ってもらった
ホッケンハイムの近くも二重丸。
中華を、一人や少人数で食うと、
間違いなく食いすぎになるのが難点。
そういうわけで、ほぼ毎日食いすぎ。
7月26日
4時におきてニュースの原稿。
気が付けば、“乗ってしまえばこっちのもの”、
と思っていたNEXの時間であった。
う〜ん、と唸った末に、クルマに決定。
シャワーを浴びて6時に出発して中央道。
6時過ぎると渋滞が心配だったが、滑り込みセーフ。
新宿周辺でちょこっととまっただけでスムーズに成田。
いつものように、成田を出てすぐの
タニカワパーキング。
家族で運営する安くて気分のいい駐車場だ。
親切すぎてお節介が少々気になるが、
2回使うと手洗い洗車無料のサービスも嬉しいし。
本日のフライトは、ソウル経由。
ちと気が重かったが、大韓航空を見直した。
昔は、機内がにんにく臭くて閉口したが、
スチュワーデスの制服もシンプル可憐。
清潔感もあってJALやANAよりいい感じ。
チェジョン空港でキムチチゲ。
猛烈に辛かった。旨さはまぁまぁ。
これなら帰りの6時間近い待ち時間も大丈夫。
ソウルからフランクフルト便で、
2度出た機内食のうち1回は、
普通の機内食同様で、臭い食えず。
しかし、もう1回のビビンバはかなりの旨さ。
サービスも悪くないしトイレもきれい。
見直したぞ大韓航空。
すでに日本の航空会社は抜かれているかも。
※いつの間にやらキャビンアテンダントというようになった。
スチュワーデスでなぜ悪い?
というか、呼び名が変わった理由はなぜ?
客室乗務員及びその筋に詳しい方、
もしく理由を知ってる方、ワケを教えてくださいませ。
7月25日
恵比寿でF田君とS世さんと待ち合わせ。
早めに到着して、久々のMr.クラフト。
やっぱモデルカーは面白いや。
駅上のライオンで、某社HPの打ち合わせ。
S世さんに、[F1を広めよう通信]の流れで、
半ば強引にデザインを引き受けていただく。
続きいて[F1を広めよう通信]の最終打ち合わせ。
デザインフォーマットはほぼ完成。
S世さんとそのスタッフの方々の
ボランティア活動に感謝である。
後は中身で勝負。
扉ページの全体テーマを“世界選手権”にしよう。
フジテレビ日本グランプリという名から、
F1を知らない多くの人は、
クイズグランプリや歌謡グランプリと同じく、
フジテレビのイベントだと思っている。
まずはそこを払拭していただく狙い。
初回は、ニコ・ロズベルグか、
ライコネン、バトンの幼年時代。
要するに、イケメンは昔からイケメンという切り口。
[F1を広めよう通信]はここまで来たら、
残る大きな山は二つ。
発送のリストとシステムの構築。
F1データの石川さんに打診して、
送信方法を考えていただく。
明日のフライトは午前9時30分。
朝イチの孝夫発NEXがギリギリ間に合う。
ただし、西八王子のキップ売り場は、
6時開店で間に合わない。
そこで、明日に備えてチケット購入。
こんなに準備のいいこと珍しい。
だが、お陰で危ないところが救われた。
なんと、NEXは満席であった! クワバラ。
7月24日
タイガーのお陰で完璧な時差ぼけ復活。
[F1を広めよう通信]の準備をボチボチ。
税務署に消費税の相談。
担当がF1ファンでよかったな、と。
洗濯屋からシャツを引き上げ、
ついでに牛筋とチキンと春巻の皮。
煮込んだものを細かく叩いて、
春巻初挑戦、のはずだったが、
三男が「腹が減って我慢できない、
というので、煮込み状態でまずは食う。
しかし、やっぱり春巻きが気になって、
巻くだけ巻いておこう、と食後の台所。
が、巻き終わって気が付いた。
時間が経ったら皮が水分を吸って、
ベチャベチャになるんじゃねぇの?
仕方ないので、2つばかり揚げてみる。
相当旨い。深夜に戻った次男に、
お願いだから食ってくれ、と頼む。
が、すでにベッチャリとヘたった皮は、
哀れ、油の中で破れまくりであった。
それでも、美味い、と2ケ食ってくれた息子は
親孝行である。
親孝行に感謝しつつ、ついでにこっちも食ったので、
本日、久々の食いすぎ。
“たったの顔面麻痺”というメールへの弟からの返信で、
自分が昔からそういう考え方だったことに気が付いた。
弟はこんなことを覚えていた。
“昔、富士の帰りに車でぶつかった時、
「別の道走ればよかったね。」と言ったら、
「そしたら、もっと酷かったかもしれないだろう?」、
と言われたのが、私の中で格言として残ってます”。
こっちは、ぶつかったことで頭が真っ白。
助手席の中学生の弟(いまは、あ〜もう40過ぎだ)は、
怖いかったことしか覚えていないと思ったが、
人それぞれだなぁ、とまたまた新たな発見。
いいことを思い出させてくれてありがとう。
7月23日
いろいろ考える1日であった。
軽自動車のレンタカーでわびしく(笑)菅生。
相変らず貧相なキャンギャルが気になる会場。
再び軽自動車で目指すは仙台駅。
新幹線の時間を待つ間に牛タンラーメン。75点。
上野で途中下車してI村さんにずんだ餅をお届け。
生沢徹と中田英寿の対談を相談する。
すでに入院して3週間以上のI村さん、
病院生活にストレスを感じるのも当然。
なんとか頑張って欲しい。
帰りに、生沢さんに電話。
「自分の用事がある時しか電話してこないね」、
と相変らずストレートな方だこと。
が、「たまにはお茶でも飲みにいらっしゃい」、
と最後は優しかった。
弟から、顔の麻痺の症状を、
偶然見た↓ここ↓で知った、とのメール。
http://www.youtube.com/watch?v=4gQSHpujnkg&search=sa06
不覚であった。映されているのを知らないと、
筋肉が弛緩して、症状が悪く見える。
道理で、誰かに会うと、顔面が疲れるわけだ。
相手に悪い印象を与えないように、
完治していない筋力で顔を作る。
ギクシャクして、キュートな笑顔はもう一歩。
だが、“3月にはこんなに酷かったぞ”、
とマレーシアで写した証拠写真を添付して、
隣の人(AカンパニーのA田社長)も、
同じように曲がっていたので安心した、
という言葉に爆笑した、と返信すると、
“実は、悪いことを言っちゃったと思って、
心配していた”、というので、
いろいろ悩んだら、自分はまだマシと気が付いて、
“たったの顔面麻痺”、って本を書きたくなった、
と返信する。
全英オープンでタイガー・ウッズが優勝。
10度目のメジャー勝利に唸ったら、
ホールアウト後にキャディに抱きつき、
肩に顔を沈めて号泣した。
今日の自分を作ってくれた父親を亡くし、
不安の中で勝ち取った勝利。
美しすぎて言葉も出ない。
天才とは、最初からあるんじゃなくて、
築き上げるものだったのだ。
7月22日
遠藤先生をお誘いし、上野で酸素カプセル1時間。
上野から新幹線で菅生。
ジュンク堂書店で、F1ビジネスをゲットする。
西八王子、東京、上野辺りの本屋は全滅。
あちこち売り切れで、いいことだ。
松屋で牛タン定食。少しだけ寂しい(^-^)/~。
チュウハイとワインの小ビンをグビグビやりつつ、
ホテルで全英オープンを見始めたら、
時差ぼけが完全復活。
7月21日
待ちに待った某社の1950年代の原稿が、
I村さんからやっと届く。
体調を押して、お疲れ様でした。
早速、写真や内容を確認してF田編集事務所へ。
しかし、2カ月近く遅れてしまったので、
デザイナーを探さねば、とのこと。
だったら[F1を広めよう通信]のS世さん。
よろしくお願いします!
25日の打ち合わせが決定。
午後のスーパーあずさで新宿から水道橋。
[F1を広めよう通信]の打ち合わせ。
“F1の学校”の打ち合わせを終えた二人に、
安いお布施で協力を仰ぐ。
すでに断れないKK田君と、
ずるずると引き込まれたY家君。
よろしくお願いしますです。
かくて、お願いしまくりの1日は暮れた。
[F1を広めよう通信]は、まずは印刷して送る手か。
7月20日
午後に成田着。クルマで東京駅。
[F1を広めよう通信]のS世さんと打ち合わせ。
ロゴとフォーマットの枠が決まった。
最後のツメをお願いして、マクラーレンのY氏を紹介。
レッドブルテン、渡すの忘れた。
クルマで中央道。
足の裏でゴルフボールをころころやると、
時差ぼけに効く。ゴルフボールは、
スチュワーデスの旅の御用達らしい。
キャビンアテンダントだ? スチュワーデスで何が悪いの。
年取ったチュワーデスのことを、
スチユワーでした、と言えなくなるじゃないか(^-^)/~。
睡眠薬飲んで寝る。
翌朝、なんだかゴルフボールが効いたかも。
癖になりそうだ。
7月19日
午前中の市内観光をパスして、元気を取り戻す。
部屋で待機(と言えば、寝てたというより聞こえはいい)。
シルバーストンに電話して、情報収集。
スーパーアグリSA06のシェイクダウンテスト。
琢磨1台だけが走り、左近は明日にお預けらしい。
贈られた写真を見て少々がっかり。
一瞬トヨタ。カラーリングのレベルはFポンだった。
洗練というイメージを見直して、
きれいな色にならないものか。
午後にホテルを出発し、
山の中なのに昔は海の底だったらしく、
塩が有名というザルツブルグ空港から
チャーター便でパリ。
チヤーコーと言うと聞こえはいいが、
プロペラ機のエンジンのそばは騒音まみれ。
それでもしばし寝る。
パリからJALで成田に到着したら翌日だった。
7月18日
ザルツブルグでレクサスの試乗会。
豪奢な部屋で目がさめた。
以前、レガシーの試乗会で泊まったホテルは、
由緒を保ちつつリニューアル。
鼓笛隊のお化けが出ると言う話は消えていた。
K口Mと、X誌のJ編集長、Sカメラマンとツーリング。
オーストリアとドイツを走り回って分かったのは、
レクサスは、高級車の肝がひとつかけていること。
そもそもが金持ちの遊びで始まっているモータースポーツ。
モータースポーツをやるメーカーは、
“遊びの場に道具を提供する仲間”と認識される。
自分から“高級です”と言う前に、
まずは尊敬されるメーカーとしての地固めを。
場に貢献する仲間としてのメーカーにならない限り、
欧州での実績を上げるために、是非ともご一考を。
広報部取締役のK田さん、操安チーフの木戸さんを囲んで、
E誌のS編集長、C誌のK編集長、元祖クルマ評論家のO崎さんと
テーブルを囲んでディナー。
高級だったら、自分で言わないね、という話題で盛り上がる。
600万円高いメルセデスと比べてどうかと聞かれても、
“多分こういうものを買う人は、
600万円高くても、いい方を買うだろうね。
要は“モノ”で勝負,ということで。
そういえば、7月16日に、東工大が160本の単3電池で、
59秒間の有人飛行に成功した、というニュース届いた。
パナソニックのバックアップで行なわれたのだが、
日本人にもそういう夢があることことを認識して(嬉)。
7月17日
早朝に民家をチェックアウトして、
ヌベールから電車でパリ。
シャルルドゴールからフランクフルト経由で
オーストリアのザルツブルグ。
カワイイ女性といい感じの青年。
どこかで見た顔だとおもったら、
スコット・スピードだった。
ドイツまでの間をここで過ごすのか。
それにしても、Tシャツに半ズボン。
オークリーのサングラスが若者らしかったが、
ブライトリングのリストウォッチが
只者ではない証?
ザルツブルグの空港で、いきなり、
グッドラック、ネクストレースと声をかけたら、
ビックリした顔でサンキュー。
レクサスのハイヤーで、
いつかスバルの試乗会で来た、
身分不相応の豪奢なホテル。
もったいなくてねられない・・・・・・^_ ^/~。
イタリアのRちゃんに電話。
グッドウッド・フェスティバルの感想を聞く。
豊かな感受性と旺盛な好奇心で、
グッドウッドをきっかけに
フランスGPのスタートをしっかり観ました、
と嬉しい報告。しかし全然分からなかった、
とご尤もな感想。
レースはやっぱり特殊で分かり難いことを再認識。
マニアでなくても面白く観る方法、
誰か発明してほしい。
7月13日〜16日
まずは12日の続きから。
パリから2時間。ヌベール駅に着いたのは午前10時。
エイビスのオフィスを探していると、
タクシー乗り場に見た顔が。
レースディレクターのハーベイ・ブラッシュさん。
よろしければどうぞとお誘い。
お陰で、迷わずマニクール。
10年ぶりくらいのマニクールは新鮮だった。
琢磨の囲みインタビューを済ませ、
中本さんにごあいさつ。
なんだか、ずっしりした気がした。
立場が変わると、姿勢も変わる。
早く成績が付いて来ますように。
夕刻、ホテルにチェックイン。
といっても、民家の間借り。
家主は、フランス語オンリーなので、
KK田君に電話してもらって待ち合わせ。
会えなかったら電話して、
“ジャポネ・ヤマグチ”といえば伝わる算段。
無事合流。コースからたった5分の快適民家だ。
17日の決勝夜までお世話になって、
月曜日早朝にさようなら。
猛暑のレースは、フェラーリ+BSの
シューマッハが連勝した。
ブリヂストンの99勝目は、
シューマッハの、なんと150回目の表彰台。
トヨタの健闘とホンダの不甲斐なさ。
しかし、STDに就任した中本さん、
ズシリとした態度で命令系統がはっきりした。
その効果が出る日を楽しみにしておこう。
7月12日
すっかりごぶさたになってしまった。
例によって、空港第一ターミナルの中華で、
今日も素敵なウェートレスのI村さんに、
キュートな笑顔で見送ってもらってエアフラ。
見送ってって、単に会計の時に、“気を付けて”、
と言われただけだが、気分がいいのでいいのだ。
フランスGPのためにパリに着いたのは朝の4時。
成田からの機内ではしっかり寝たので、
パリ市内までの電車の中で書く。
RER-Bの車内は、ほとんどが、
モントーヤか、タイガー・ウッズか、
マイク・タイソンか、ルイス・ハミルトン。
パリに住む友人によると、
パリにはラッシュアワーが二度あるらしい。
早朝にしか仕事がない人のラッシュと、
通常のラッシュ。日本では考えられない現象だ。
ところで、観察するうちに、
毛髪の育毛状況が芳しくない私の同類が、
パリにはかなり多いことを発見した。
さすが、ジダンの国←関係ないか。
そういえば、サッカー選手に同類が多いのはなぜ?。
ヘディングのせいではないだろう。
なぜなら、私はヘディングをしないので。
バカなことを考えていたら、
30分くらいでは終わらないくらい休んでいたので、
リヨン駅からニベールまでの特急の中で、
ミャーミャーと仏語でなくネコをつれた少女の隣でも書く。
フランスの田舎行きの電車は、
数年前のル・マン以来。
最初は、クルマで移動する予定だった。
早朝着のエアフラなので、
パリまで出て、F1SCENE仲間のクルマに便乗を企んだが、
現地では別行動なので、レンタカーを引っ張ってもらうおう。
ところが、レンタカーオフィスの開店時間が、
空港が6時半、パリ市内が8時と判明。
結局、電車にする。皆さん、お騒がせしました。
お陰で、久々の本日の更新ができました。
7月4〜11日
●カナダ、アメリカGPにW杯サッカーが加わったから、
日本にいても時差ぼけだ。
生来、いつも眠い、という症状(?)が悪化しているが、
ボ〜ッとしているわけにもいかない。
ず〜っと、ボ〜ッとできたら、幸せかな。
以前、キャンプ場を継いだ弟に聞いた。
コツコツと売店を自分で建てたり、
バンガローを移築したり。もしオレだったら、
離れ小島的“みのいし滝キャンプ”は、
誰の監視もないから、ず〜っとサボっちゃって、
そのまま人生終っちゃうな、と言ったら、
弟は、こう言った。
ボ〜ッとしてると、そのうち、
“こんなことしてちゃいけない”って、
罪の意識が自然と湧いてくるから大丈夫。
妙な説得力があったのだった。
8月1日の湖上際花火大会、
火曜日だけれど、キャンプやります。
参加者は、メールください。
先着20名限定。
●W杯で、日本が負けた。
負けた途端に、手のひらを返したマスコミ。
感動を覚える見事さだ。
昨日まで、散々期待を煽っておいて、
どの面下げて“ジーコが悪い”と仰るやら。
セルジオ越後さんが、いいことを言った。
“次の2010年に目がいっているけれど、
目指すのは、2014年でもいいじゃないか。
基本を見直して、やるべきをやらないと、
同じことを繰り返すだけになる”。
我が意を得たり!
しかし、アナウンサーを含め、
周囲はこの意見に冷ややかだった。
多分、4年後にも同じ光景があるのだろうな。
“とにかく盛り上りたい日本”が見えて、
本当にいい人ばっかりの日本である。
北朝鮮にミサイル撃ち込まれても、
毅然と文句を言えない。
北風と太陽の話なら、太陽になりたいと思う。
だが、太陽になりたいなら、
本質的なエネルギーがたっぷりあることが前提だ。
ニコニコしているだけじゃ、ただのお人よしだぜ。
と、自分で書きながら耳が痛いのはなぜだろう?
●久々にFポン。
土曜日(7月8日)に到着して、
2シーター(GP20)を見物。
本日の犠牲者は女子アナ。名前は忘れた。
コーナー毎にヘルメットがガクガクしている。
失神したんじゃないの?という心配を他所に、ご帰還。
“かなりちゃんと喋っていたよ”、と運転手の光貞選手。
GP20初日の昨日(7日金曜日)は、
レーザーラモンHGが乗ったとのこと。
185cmの巨体を無理やりリヤシートにねじ込み、
ほぼ絶句での走行。元々腰痛持ちとが悪化して、
腰カクカクの“得意技”ができなくなったら、
誰が責任取るんだろうか?
日曜日はスピードワゴンの小柄な方が乗った。
大きい方と立ち話。“あなたは乗らないの?”
「いやその、私、スピードが苦手なもんで、
あっちにお任せです」。
“あ、てことは、あっちがスピードで、
あなたがワゴンさん、なわけ?”。
「・・・・・・」。
絶句した割には、盛んにそのネタ、
カメラに向かって使いまくり。
ネタ代、ちょうだい!
終わった後、体験を済ませた相方が、
興奮気味に喋るのを横目で、
「外から見ていてひとつだけ言えるのは、
光貞さん、ライン取りが甘かったですね」、
と精一杯のジョーク。
“今の話、しっかり光貞さんに伝えます”。
「ま、待ってください! お願いしますよ」。
“そんなに言うなら許してあげよう。
その代わり、レースの凄さをあちこちで喋るように”。
「分かりました」。スピードワゴンは、
モータースポーツの味方になったのであった。
めでたし!!←ホントかよ。
●[F1を広めよう通信]のロゴ完成し、
フォーマット案も上がってきた。
shiさん、そして、巻き込まれたデザイナーの方々、
ご愁傷・・・・・・いや違った、感謝しています!
6月30日〜7月3日
アッというまにアメリカGP。
喜怒哀楽を猛烈なスピードで往復するレースだった。
フェラーリの復活に喜び、
マクラーレンとホンダのアクシデントに、
“どうして赤旗出さんの!”と叫び、
琢磨のがんばりに満足し、
でも、ぶつかってガックリした。
考えて見れば、盛り上がった本人だけでなく、
周囲も勝手な期待で琢磨を100%にしちまったな、と。
そういう私も、セフティーカー後に11位にいた時は、
“下手すると入賞?”などと妄想をいだいたもの。
“バリチェロの時とは違います”、
という琢磨のコメントが印象的。
さらに、“モンテイロは、
カナダでもチームメイトとぶつかってるし、
モナコでもモンタニーを押し出している。
だからもう少し気をつけなければいけなかったかも”、
と琢磨らしくなく(?)反省も。
これを糧にして、92%の人生を発見すれば、
明るい未来が待っている(←そんな簡単じゃないか)。
ともあれ、シーズン前半の冷静沈着なレースを。
3日夜、原稿から逃れるためにボケッと眺めたテレビにビックリ。
中田英寿が引退した!
もう、原稿どころじゃないのである、と言う言い訳。
サッカーには興味はないが、中田には興味があった。
どこからともなく“本物”を感じる面構え。
生沢徹さんと対談させたい、と本気で思った。
司会は、白洲二郎、なんちて。
本田宗一郎とエンツォ・フェラーリの対談は、
あと一歩のところで二人が倒れで実現しなかった。
タイガー・ウッズとシューマッハの前に、
生沢vs中田。タイトルは当然、
『なぜオレだけしか』で決まり。
※またまた汚い書き込みが増えてしまったので、
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●クルマサミット(BBS)
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