| 過去の本日の山口正己 | |
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9月30日
月末支払のドタバタで午前中が終わる。
午後から、新宿でモーターショーのガイドブックの色校を受け取り、
その足で吉祥寺のスポーツ治療院。
ガチンガチンの重症を告げられ、
猛烈な痛みを覚悟。しかし、そうでもなくて
ちょっとガッカリ、でもないか。
帰宅したら某社から壊れたドライバーのシャフトが届いていた。
中を開けたらボールがゴッソリ。感謝。
最近たくさん無くすからナァ……^o^;/~。
ハタと気付けば、本日締め切りの原稿があった。
大急ぎで書いて送信。
明日の試乗会にに備えて早めに寝る。
9月28日と29日
時差ボケのせいにして、アップがズサンになっている。
気を取り直して、と。
日曜日は、筑波で遅かったショックで朦朧としながらOCNの原稿2本。
一端寝て、深夜に起きだして次男とUSGP。
いろいろあって面白かったが、
最後は“シューマッハ・ファンは嬉しかっただろうナァ”、の顛末。
結局、モントヤが争いから脱落してしまったのは残念だが、
久々に鈴鹿がタイトル決定の場になって、めでたし。
トヨタが予選3位、ホンダがトップ快走と、
最終戦の鈴鹿への出血サービス(?)もあったし。
29日の月曜日は、時差ぼけを引きづったまま、黒澤歯科。
2時かと思ったら3時からだった。
八王子の街で暇つぶし。中学時代に模型屋に通った放射線通り。
中学の同級生がやってるラーメン屋。
懐かしいけれど、景色はまるで別物になっていた。
取って返して黒澤歯科。麻酔して歯石をガリガリ。
麻酔のせいか、何だか疲れてダラダラしつつ、
某社向け企画書の合間に業界対決の案内状。
そろそろ残り1ヵ月。気合を入れて準備にかからねば。
9月26日と27日
週末の筑波周辺。というわけで、更新が遅れた。
初日の26日金曜日は、豊里CCでゴルフ。
午前も午後も、スタートでダブルパーとトリプルの不甲斐なさ。
ドライバーがまるで当たらず、気分は最低。
それでも46/46の92回、18人中5番目のスコアだったので、
泣いちゃうほどでもないのかもしれない。
しかし、当たれば気分がいいドライバーが当たらず、
シコシコと拾ったスコアなので、
ゴルフならではの爽快感が全〜然ないまま1日が暮れた。
しかし、明けて翌日、そんなことで泣いてる場合ぢゃなかったのだ。
筑波サーキットで年に一度のロードスター・プレス対抗である。
マツダが用意してくれる30台のロードスター。
エンジンはノーマルだが、足を固めてロールバーを入れているから、
立派なレーシングマシンである。
参加者は、雑誌を中心とするマスコミ媒体だ。
我々は、去年と同じく、ザッカー組である。
チーム名は、“ザッカーみんなおじさんレーシングチーム。
ゼッケンは50だが、よく見ると、“+”がくっついている。
ドライバー全員が50歳以上だからだ、威張ってる場合ぢゃないか。
今年は助っ人として、カッティングシートマジシャンの
鈴木学さんが加わった。彼だけはまだまだ50歳には遠い若輩、
いや若者だが、細かいことはいいのだ。
夕べ痛飲したワインの残り香を胃の辺りに感じつつ筑波に到着。
いるわいるわ、業界仲間の勢ぞろいである。
およそ本屋の自動車雑誌のタナに並んでいる雑誌が
全部参加していると言っても過言ではない。
“参加することに意義がある”という大義名分を口では言っても、
本気モードが場内にあふれている。
生沢徹、黒沢元治、津々見友彦、片倉正美という往年のレーサーの顔もある。
服部尚貴、松田秀士、山路真一、立川祐路、黒沢治樹、谷口信輝といった
現役レーサーもいる。まぁ、相手にとって不足はない、
なんていってる余裕さえもない、というのが本当の姿であった。
予選は私の担当。ピットアウトした翌周に、16秒前半が出たので、
走行打ち切り。危ない時間はできる限り減らした方がいい。
だったら出るな、という意見もあるが……^o^;/~。
マズマズのタイムだと思ったら、なんのことはない、
出走27台中23位、ほとんどビリだ。
だいいち、レース初体験の石川芳雄ちゃんが前にいたりする。
昔取った杵柄は、そこでガラガラと崩壊の音を立てて崩れたのである。
レースの出番は、5番目。首都高バトルを作った森山社長が
スターティングドライバー、続いて伏木悦郎に鈴木学、
潮来モータースポーツパークの額賀オーナーとステアリングが渡って、
最後に私。このレースはレギュレーションがうまいこと考えられていて、
ギリギリで足らなくなる燃料しか与えられていない。
鈴木学選手の走行中に“6000回転”のピットサイン。
鈴木選手、我慢して、それでも15秒台で走る。
続いてレース経験豊富な額賀社長が超燃費走行をしてくれているが、
私は“4速と5速だけ使って4000回転くらいに抑えて走らないと持たない”、
という意見がピットで完成していた。
ウム、残念、といいつつ、実は心の中でにんまりした。
これで、遅くても言い訳ができるもんね。
しかし、なのであった。
ピットインしてき額賀さんに代わってコクピットに乗り込んだ時、
燃料計を見た誰かが叫んだ。オッ、全然オッケー。残ってるから全開だ!
ゲッ、聞いてないよぉ! かくて心の準備がまるでない私は、
恐怖の暗闇のコースへと、関係者全員の期待を瀬にして旅立ったのであった。
結果は17位だった。一昨年、アンカーを務めた時は、
感動のゴールシーン。ポストのオフィシャルに手を振りつつ、
私のためにありがとう〜!と感謝の気持ちで涙腺が緩んだものだった。
しかし、今回は、ピットに帰らず、そこの走って家に帰りたかった。
いつだったか、モナコでスピンして、そのままマンションに帰っちゃった
アイルトン・セナの心境が、よ〜く分かったのであった。
ともあれ、みんなでワイワイ、楽しい日ではありました……^o^;/~。
詳細は、ザッカー誌の次号をお楽しみに。
9月25日
何とか通常時間に目が覚めた。
しかし、リズムは狂ったまま。ボ〜ッと1日が過ぎる。
Oさんと連絡がついて一安心。
原稿のテーマを探るがはかどらず。
調べ物をすっかり忘れてのめり込む自分が悪い……^o^;/~。
夕寝するもすっきりせず。明日のゴルフが心配だ。
9月24日
2時30分起床……^o^;/~。
ごそごそしてたら朝になった。
納豆と温泉卵と辛子明太子の朝飯。
国金の支払を済ませて八重洲。
USGPに出発前のMカメラマンと、もてぎを訪ね、
11月6日の業界対決のご相談。
今回は、プロゴルファーに喜んでいただこうと、
サーキットを自分のクルマで走る、
レーサーの横に乗る、カートレースを、
午後に詰め込む予定。ゴルフとの時間の兼ね合いと、
そもそもゴルファーが楽しんでくれるかどうかが問題。
もてぎの近くということで、宿泊も考えなくちゃ。
さてと、どなたか太っ腹の資金提供者、
どこかにいないかな、と考えつつ、
京橋でラーメン。店を出たらうまそうなカレー屋があったので、
そっちも食う。ストレスの食欲への移行……^o^;/~。
しかし、食いすぎのストレスで歯が痛くなった。
というのはウソだが、奥歯の詰め物が取れたので、
いよいよ観念して友人の弟がやっている黒澤歯科。
歯槽膿漏に2年間放置したかみ合わせ修繕中の再開、
欠けた歯と、外れた詰め物、その他もろもろ。
次回、まずは麻酔をして歯石除去からと弟先生。
長期戦になりそうだ。
夕刻、コストコに新調した眼鏡を受け取りに行く。
フィッティング作業中に、付け根がポキリ。
なので明日また来て下さい、って、そんな暇、ないって。
ホントは暇だが……^o^;/~。
瞬間接着剤でつくような折れ方だったが、
そういう私に、“つきません。専門家ですから分かるのです”、
って、だったら折るなって。
結局、同じフレームの色違いのツル(なんて言うんだ、
耳にかけるとこ)に交換してもらい、次回に元に戻す、
ということで引き下がる。
しかし、なんだかとっても損した気分だなぁ。
10時に寝て深夜に目覚める。携帯電話の着信あり。
「Hさんが壊れたので報告します」。
本日、イタイイタイ会。スポーツ治療院の先生が、
呑み過ぎて羞恥心など社会的要件が破壊したらしい。
眼鏡が壊れたなんてのは、まだマシ……^o^;/~。
そうそう、八重洲で“行方不明”だったOさんの会社の人にバッタリ。
メールします、とのことでまずは一安心。
しかし、またも夜半に目が覚めてチェックしたが、
今のところ、メールなしだが……^o^;/~。
※調査の結果、耳にかかるツルは“テンプル”というらしい。
こめかみ・・・・・・、なるほど。
ちなみに、鼻に乗っかるところは、“パット足”。
Pad armsなら“パッド腕”ぢゃん?とも思う。
いずれにしろ、もっと気が利いた名前、ないのかいな。
9月22日と23日
和食の朝飯の後、時差ぼけでつい寝てしまった。
11時30分にチェクアウトして、
ヒコちゃんとなっちゃん、タケちゃんと博多ラーメン。
まるで日本にいるみたい……^o^;/~。
ヒコちゃんのレンタカー(キャデラック)で空港までハイヤー。
2時50分発のシンガポールエアでLAXから成田。
寝すぎて寝られないことを心配したが、しっかり寝る。
ラッフルズホテルで生まれたというカクテル、
シンガポール・スリングが気に入った。
成田から借り物クラウンで木場のバイブリンゲン。
クルマを受け取って、修理代15万円+にショックを受けつつ、
久々(でもないか)の我が家。風呂に入ってすぐ寝る。
案の定、4時30分に目が覚めてこれを書く。
時差ぼけとの戦いが始まる。
そういえば、Oさんに相変わらず連絡とれず。
心配になってきた。
9月21日
本日も熱波の1日。40度を越す猛烈な暑さだった。
予断を許さない緊迫したトップ争いを、
H社のKYさんとスタンドから観戦。
ロジャーは、上位集団にくらいついていたが、
ピット作業の遅れ(給油に時間がかかる)と、
ピットアウトの際の加速が鈍るトラブルで、
トップ争いからジワジワ遅れる。
しかし、我慢のレースをしっかりやり遂げて
トップと同ラップの7位は自己最高。
ウェルダンが4位に入り、3点差となったルーキーオブザイヤー。
しかし、ロジャーはポイントリーダーとして余裕発言。
「(ダンが)つぶれろ、と思わないこともなかったけれど、
これでがっぷり四つのレースが最終戦でできるわけで、
力と力のぶつかり合いで決着をつけたいです」。
その意気! 最終戦のいいレースに期待!
最終戦は、日本GPと同じ日なので私は鈴鹿だが、
ルーキーオブザイヤーを取ったら、
10月末の表彰式には行こうかな、と。
同じ週に、PGAツアーの一戦が、表彰式会場の近所で行なわれている、
という、私にとってはうってつけの情報もあるし……^o^;/~。
9月20日
今日も40度を越す灼熱のフォンタナでIRLの予選。アヂィ!
IRLはF1と違って、レース毎にタイスケが異なる。
今回の土曜日は、午前中にフリー走行と予選が行なわれ、
16時から明日に備えた最終ウォームアップ。
日曜日はウォームアップなしでいきなり走るのは、
インディならでは。それにしても、超高速のオーバルを、
いきなり走るところからして、緊迫感を高めたファンサービス、
と考えれば、アメリカのショーに対する気概が見えてきたりする。
パドックで、ザウバーの後藤さんと池辺さんに遭遇。
F1だけでなく、IRLにも技術提供を“企んで”の登場らしい。
トラちゃん11位、ロジャー15位の予選結果、
特に昨日2位と気を吐いたロジャーの結果と少々残念。
しかし、ロジャーの言葉を待つまでもなく、
特にオーバルは、スターティングポジションよりも
レースセットの完成度が問題。ということからすると、
夕方のセッションで6位のロジャーには、
前回の残り数周のトップ争いの再現を期待しつつ、
一方、超高速が得意のトラちゃんにのいいレースを願いつつ、
竹内カメラマンの誕生日を祝いながら
ホテルの前の中華を食いすぎてバタンキュー……^o^;/~。
9月19日
間違い陳謝。昨日の“本日・・・・・・”に“18日と19日”と書いた。
しかし、まだ19日だった……^o^;/~。日本からアメリカに来ると、
1日儲かるのを忘れていた。というワケで、2回目の19日。
渋滞の中をフリーウェイでフォンタナ。
カリフォルニア・スピードウェイでIRL初日。
ロジャー好調で午後のトップタイム。
しかし、まだ初日であることを忘れずに。
トップ3インタビューで厳しい質問が出た。
“タイトル争いを展開する連中の中で、
関係ないルーキーとしてどう走る?”。
感心したのはロジャーの解答。
“それはそれ、こっちはこっち”とサラリ。
5月のインディ500以来にサーキットで会ったロジャーは、
だんだんよくなる法華の太鼓以上の成長振り。
歩き方からして自信が見えて、心強い。
そうそう、ヘルメットのカラーリングも少々変更して、
一段上にステップする気合も充分か。
明日と明後日、ロジャーがどんなレース運びを見せるか、
二重丸の注目だ。
ところで、日本の携帯電話の留守電をチェックしたら、
“地震がありました、いやぁ、ビックリ”というメッセージが入っていた。
ホントに当たった。でも、軽かったのでよかった。
外れることを証明できないことなので、
否定できない怖さがあったが、これでエネルギーが少しは逃げた
しかし、このデータから余震はどうなるのか、情報チェックを怠りなく。
ともあれ、これを機会に、災害に対する気持ちが
少しは強く持ちたくなったことも喜びたい。
もうひとつ、余震がどうなるかも心配だが、マスコミがどう出るかも興味あり。
バカかみたいに騒ぐのがほとんどだろうが、
こういう時に“民度”が出る、ってことを、
アメリカからゆっくり観察してみようかな、と。
皆さんのご意見、レーシングパブでお待ちします。
9月18日と19日
午後2時にクルマで出発、八重洲で打ち合わせして、
木場の整備工場にM3を預けて、新木場から電車で成田。
と思ったら、時刻を過ぎても電車がこない。
ややあって場内放送。“人身事故で運行停止”・・・・・・!
間に合わないぞ!エアポートリムジンを考えたが、なんと、新木場は、
到着だけで発車がない。仕方なく、整備工場に電話。
“分かった、うちのクルマを使いなよ”と気のいいオヤジ。
かくて、年代もののクラウンで成田。
しかし、不思議なもので、あんなに乗りたくなかった飛行機なのに、
間に合うとなったら、乗れたら幸せ……^o^;/~。
機内食は相変わらず食えなかったが、
スチュワーデスが美人だったのでよしとしよう。
LAXに到着。迎えてくれるはずのヒコちゃんを探す。
いないよぉ〜。公衆電話からヒコちゃんの携帯になかなか繋がらず。
うろうろしていたら奥方登場、一件落着。
トラちゃんのマネージャーと共に、TRDUSAの見物。
スケールのでかさにかなり驚く。
すでにここだけで、設計の98〜99%を賄っていて、
“ヤレと言われればF1のエンジンも可能”というスケールに感心。
500kw×2(概ね1500馬力)計測可能のベンチや、
1億円の工作機械が7台ある工作室も圧巻。
すでに、ナスカートラックのエンジンもベンチにかかり、
アメリカのトヨタはなかなかヤルわい、というムードが伝わってきた。
眠い目を擦りつつ、これを書き、多分、
数秒後にはバタンキュ〜……^o^;/~。
9月14日と15日
今日は長いぞ!
朝8時にホテルを出てマルペンサ。
イタリアGP決勝のモンツァに別れを告げて、フランクフルト経由で成田。
成田エキスプレスで東京に出て中央線で西八王子。
シャワーを浴びておにぎりパクつきつつ中央道で富士。
到着したら12時30分。トヨタ・セブンは走った後だった。
しかし、うれしいことが一杯あった。
シューちゃんの復活を棒に振って帰ってきてよかった!
嬉しかったのは、まず、ロジャーに会えたこと。
久々の帰国、友人のプロデュースイベントに駆けつけた。
今週末のフォンタナでの再開を約束。活躍が楽しみだ。
そして、なにはともあれ、トヨタでもニスモでもなく、
ホンダでもなく、メーカーの枠を越えたイベントだったのが最高。
新旧レーサーがコンビを組んだレースがあったこと。
さらによかったのが、それのレースをロードスターでやったこと。
トヨタ車だったら、“やっぱり富士は・・・・・・”と思われかねない。
そして、トヨタ・セブンの二度目の走行(午前中は全開だったが、
ここではパレード)を最後に、夕闇迫るコースに客を入れたこと。
小柳ルミ子が最後に登場して、
“わたしはレースを愛しています”と言ったのはクサかったけれど、
最後に、1人でゲートを出る時に、何度も通ったオレの青春を
思い出せたこと。
初めてテレビでレース意識した“日本インディ”も富士だった。
初めて新聞を買ったのは1966年の日本GPで、これも富士だった。
初めて現場で凄まじい音を浴びた1968年の日本CAN-AMも富士だった。
50ccのバイク3台に交代して乗せてもらって、府中から246を
トコトコと辿り着いたのも1969年日本GPの富士だった。
そのレースで、ホントは高橋国光を買いたかったけど、
みんながそうするから1人で黒澤元治を買ったら大当たり、
1人50円×30人の1500円を独り占めしたレースも富士だった。
翌年の日本CAN-AMの決勝日が、
誰でも受かる付属大学の内部試験の日だったけれど、
試験を振り切って見物に行き、
お陰で二浪することになったのも富士だった。
優勝した川合稔がクラウンのオープンカーで祝勝パレード
に出かけるところになだれ込み、
その場面がテレビに映ってしまって、
“今日は予備校の試験だとから”と言って町民運動会を断ったのが
ウソであることが、テレビを見ていた近所のお兄さんに
バレたのも富士だった。
35mmのレンズしかないカメラでも、画面一杯に写ることを発見して
必ず1度はS字に行くことにしたのも富士だった。
家がキャンプ場であり、そもそも金がないので決勝は見られず、
もっぱら通ったGCの公開練習のパドックでパンクして、
スペアに交換したものの、帰りにもう一本パンクして、
困り果てて時計を渡してパンク修理してもらったのも富士だった。
弟を乗せて帰りがけ、追い越したクルマがウインカーも出さずに
突然右折して、激突したのも富士だった。
レースの日は毎回須走辺りから渋滞で、
弁当屋をやればもうかるなぁ、と空きっ腹で思ったのも富士だった。
国光はコクピットで狂ってしまったのかのようだった、
という横越さんのレポートのフレーズに感動したのも富士だった。
1972年の日本GPで駐車場整理のアルバイトをやったのも富士だった。
決勝日の明け方、仕事が終わって
サーティースのピットで写真を撮っていたら、
その場面がカーグラに載ったのも富士だった。
1973年と1974年、度重なるアクシデントを目の当りにしたのも富士だった。
1974年のデモランで初めてF1を“目撃”したのも富士だった。
オートテクニックで募集していた特別ピットマンに選ばれた電報が来て、
7月の土日だからキャンプ場の手伝いがあったけれど、
オヤジと喧嘩して富士に駆けつけ、
藤田直廣さんのピットからレースを見たのも富士だった。
1976年、オートテクニック編集部員の初仕事として
100Rで区間タイムを計ったのも富士だった。
1977年、空を飛ぶヴィルヌーブのフェラーリを、
1コーナーの土手の上からファインダー越しに目撃し、
ショックを受けたのも富士だった。
翌週のフレッシュマンレースの取材に行ったら、
1コーナーの観客が圧倒的に多くなっていて、
複雑な心境になったのも富士だった。
ヘアピンに調子よく進入したら内輪が浮き上がり、
初めての転倒を経験したのも富士だった。
私がつかまって観ていた最終コーナーの、まさにその金網に、
フィリップ・アリオーのポルシェ956がスピン、コースアウトして
逆さになってぶっ飛んできたのも富士だった。
弟がデビューレースで予選28位からスタートし、
2位でゴールし大興奮、レースは応援する対象がいるのが一番、
というレース見物の基本を身をもって体験したのも富士だった。
雨の予選で2位になり、ズルズル抜かれたレースで9位になって
泣きたくなったのも富士だった。
シューマッハとハッキネンたちの
壮絶なF3バトルに痺れたのも富士だった。
富士オレの青春だ。
1人でそういう富士を反芻していたら、何だかジーンとしたのは、
時差ぼけのせいばかりではないのだった。
富士スピードウェイ、たくさんの思い出をありがとう!
1年半後にまた会おう!
今度の富士は、どんな思い出を作ってくれるのだろうか。
9月13日
レベルが高くて面白いイタリアGPの予選であった。
新サスペンションのBARも、7位と10位とまずまずだし。
予選終了後に、ホンダの新体制ご挨拶。
福井新社長、伊東栃木研究所新社長、木内プロジェクトリーダー、 橋本サスペンションチーフ。
これまでの会見の中で一番しゃっきりした受け答えにびっくり。
特に、木内さんの“伊東さんの言った、今三合目辺り、
という表現を借りれば、BARはよくやっているといえるかも。
しかし、それは我々と関係ないチームであれば、の話。
ホンダは普通の集団ではなくて、気が狂っている、ということを、
彼らに理解してもらわないと”、という言葉は強烈だった。
伊東さんはNSXのアルミボディを決断したり、
“ヤル時はヤル”決断力が評判の人物。
もちろん、そう簡単に結果に結びつくとも思えないけれど、
最終戦の日本GPに向けて、有言実行スタイルで、
自らにプレッシャーを与える姿勢。
これまでは、イマツチ衣被った表現だったけれど、
こうはっきり言われちゃうと、
今後のホンダに、思わず期待せずにはいられない。
猛烈に面白くなりそうな決勝を前にして、
14日朝、モンツァに別れを告げて帰国便。
富士のイベント、どうしてこの日程なのか、
とっても悲しい気分であります……^o^;/~。
夕べ、MチームのY氏、CトップのSさん、
カメラマンのMさん、フラッグメントの藤原さんたちと行った、
イーパン・カペリの友人経営のレストランが、
例年どおり最高だったので、まぁ、我慢しようか……^o^;/~。
<br> <hr> 9月12日
モンツァ初日。本日は感動の日。
感動その1は、宮田カメラマンの呼びかけで、
総勢8名のカメラマンの写真展。
日本人が先導して、外人を7人に声をかけ、
モンツァのパドッククラブで開催。そしてそれだけでなく、
そこに、ペーター・ザウバーやバーニー・エクレストンまで駆けつけた。
文化を大事にし、レースが好きなF1オーナーやエクレストンに感謝。
感動その2は、バーレーンGP。
来年のF1カレンダーに乗ったバーレーンのパーティ。
モンツァ近くのパレスが、バーレーン状態の不思議な空間になった。
担当者にインタビューすると、1952年からバーレーンには、
モータースポーツが存在したとのこと。1999年のモンツァを見学、
F1誘致を決断した。ともあれ、超の付く“お金持ち”。
来年4月は絶対行くぞ!
9月10日
フランクフルトから空路ザルツブルグへ。
オーストラリア初体験。
ニキ・ラウダの家を対岸に眺めつつ、そこから約1km、
美しい山間の湖に面したホテルに到着。
明日はレガシー6気筒の試乗会。
開業は500年前で、エリザベス女王を始め、
皇室や要人が利用すると言う由緒あるホテル。
ゆったりと流れる時間が心地いい。
湖畔の風景は、実家(現在は弟が経営)のみの石滝キャンプ場的。
しかしこちらは、庶民的なキャンプ場と違って、
客層はブルジョア。一人で泊まるのはもったいない。
宝くじに当たったら、女房を連れてきたいな、と。
ただし、ゴーストが出る、という噂もあって、
落ち着かないのは、高貴なムードだけにあらず。
だだっ広い部屋の隅っこで、パソコンに向かい、
フと、窓の外をみると、そこには鼓笛隊が・・・・・・。
意味不明の怪談話は、中谷明彦さんのル・マンでの経験談。
詳細を知りたい人は、レーシングパブに
怪談をひとつ書いてください……^o^;/~。
ところで、9月18日前後の地震、
日本では話題になっているのだろうか?
038さんから、“信憑性は低そう”というメールをいただいた。
長文なので、レーシングパブには遠慮しました、
とのことだけれど、一人占めはもったいない。
数が多くならないようなら、メルアド知らせてくれた人には
転送しますので、(↓)ここまでお知らせください。
メルアドは、<fwhd7391@infoweb.ne.jp>
9月10日
フランクフルトから空路ザルツブルグへ。
オーストラリア初体験。
ニキ・ラウダの家を対岸に眺めつつ、そこから約1km、
美しい山間の湖に面したホテルに到着。
明日はレガシー6気筒の試乗会。
開業は500年前で、エリザベス女王を始め、
皇室や要人が利用すると言う由緒あるホテル。
ゆったりと流れる時間が心地いい。
湖畔の風景は、実家(現在は弟が経営)のみの石滝キャンプ場的。
しかしこちらは、庶民的なキャンプ場と違って、
客層はブルジョア。一人で泊まるのはもったいない。
宝くじに当たったら、女房を連れてきたいな、と。
ただし、ゴーストが出る、という噂もあって、
落ち着かないのは、高貴なムードだけにあらず。
だだっ広い部屋の隅っこで、パソコンに向かい、
フと、窓の外をみると、そこには鼓笛隊が・・・・・・。
意味不明の怪談話は、中谷明彦さんのル・マンでの経験談。
詳細を知りたい人は、レーシングパブに
怪談をひとつ書いてください……^o^;/~。
ところで、9月18日前後の地震、
日本では話題になっているのだろうか?
9月9日
ゾロ目の日。だからなんだと言わないで。
と、ここまで書いて昏睡状態。
ということで、以下は翌朝作……^o^;/~。
フランクフルトショー会場で、ビールとワインをグビグビ。
夜のディナーでワインがぶ飲みの結果、
ディナー後半からの記憶が失せた。
7時に起きたら脳みそに寝癖がついていた。
フランクフルトショーは、全体的に、
モータースポーツに例年以上の力が入ったイメージだったが、
さしたる目玉が不在の、ややインパクトの弱いショーだった。
特に1台といえば、マクラーレンが作ったメルセデスSLR。
スバルの竹中社長の英語の挨拶に好感が持てた。
飛行機の会社からの歴史に始まる15分は、
質素だが、一生懸命さと、クルマ作りの真摯な姿勢が
参加者に伝わったはす。
プレゼンテーションの時間が12時30分からだったので、
その前に寿司を振舞ったのも効果的……^o^;/~。
残念だったのは、トヨタ。ヨーロッパの代表者が語る言葉は、
数字の羅列に終始した。ホンダは、アシモがヨーロッパ初登場。
メルセデスとVWグループ、アウディとBMWの大人っぽさが、
今年も目立った。さすが地元、ということか。
9月8日
高尾発のNEXに乗るために、5時30分に西八王子。
しかし、ショッキングなことに、“NEXの乗車券発売は6時から”。
そんなこと言ったって、八王子発5時55分だってば。
一端はクルマで行くことも考えるが、
15日の朝、成田から富士までの直行で渋滞は困るので、
とりあえず切符を買わずにそのまま乗る。
お陰で、東京から成田は座れずじまい。
どうしてくれる、どうなってンのJRっての!
しかし、例の地震予測が出ている週刊朝日のお陰で、
新宿から品川周りなので、思いのほか時間がかかった割りには、
気付いたらもう成田に到着。
それにしても、地震の怖さを再認識。
9時50分のルストハンザでフランクフルトはいい天気。
バスで30分ほどのマインズのヒルトン。
コボちゃんが所望したモデルカー屋さんへみんなでお出かけ。
小さな街なのに、なかなかしっかりしたモデルが揃っていて、
思わず衝動買い。ブラブラして今日は早めに寝る。
池辺ちゃんとパパ安川と、明日、ショー会場での再開の予定。
そう言えば、IRL第14戦でまたもやサム・ホーニッシュが優勝。
恐るべし、ホーニッシュ、恐るべし、シェビー・エンジン!
9月7日
出発までの現行と対決。と言いつつ、ゴルフの練習も……^o^;/~。
夕刻、相模湖の従兄弟やお袋と八王子駅で待ち合わせ。
荻窪で歯科医を営む従兄弟の奥さんのお通夜。54歳の若さ。
9人兄弟の親父なので、従兄弟が多い。
ということは、この歳になると、不幸も比例して多くなる。
9時に帰宅。元GPを横目で見ながら旅支度。
フランクフルトショーとレガシーの試乗とイタリアGP見物。
目的が違うので、持っていく着る物に迷う。
え〜い面倒だ。でかいバッグに一杯詰めて、出来上がり、と。
15日に帰国して、成田から富士に直行するのがいいか、
それともNEXで往復がいいか、これまた迷う。
帰国→富士直行の月曜日が祭日で、
成田から都内の渋滞が怖い。となるとNEXか。
しかし、空いていればクルマが早い。
さてと、明日の朝までに考えよう。
地震予知のHPがすごいことになっていた。
朝、開いてみたら、30分で500件ものアクセス!
夜見たら、1日で3万件以上!! お陰で、情報がダウンロードできず。
ともあれ、この1週間、どんな噂になることやら。
主宰の串田さんは、“当たらないこともある。けれど、それは、
今後の貴重な資料になる”、と訴えている。
しかし、多くのマスコミは、騒ぐだけ騒いで、
外れたら総スカンの構えのはずだ。
無責任報道の姿勢が今から見える。
現実には外れてほしいが、そうした側面だけを見ると、
当たることも願いたかったり……^o^;/~。
そさて、どうなるか。
9月6日
8日の出発までに書かねばならない原稿にかかる。
しかし、かかっただけ……^o^;/~。
女房と三男をショッピングモールに送って、ゴルフの練習
夕刻、近所の焼鳥屋の1周年記念。
生ビール10円! 焼鳥全品60円にそそられて、
30分待ちで突撃! しかし、やっぱり、というか、10円だった。
ビールはぬるいし、焼鳥は黒焦げだし。
ちょっと食ったら腹いっぱい。
ムードもへったくれもなくて、エサを与えるがごときの
こういうシチュエーションは、ダイエット向きだな。
しかし、食った気がしない。というワケで、
家に帰って、辛子明太子と卵焼きでご飯を2杯食っちゃった。
元の木阿弥だな、と。で、本日の教訓。
食事に限らず、相応のギャランティを支払うのは、
己の幸せのために必要だなぁ、と。
今日もまた、ひとつ利口になっておめでとう。
9月5日
府中で国際免許を取得、その足で石神井公園。
60年代のホンダF1の車体を設計し、
1968年にインディを視察に行った武田さん。
しかし、インディ・モータースピードウェイ所蔵の写真が、
ご本人よにると、1968年ではなくて1966年であることが発覚。
ともあれ、ホンダは当時、
ホントにワケ分からないことをやってたもんである。
何せ、FFのF1も研究してたかも、ってくらいだ。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
それより、気になるのは、
朝方来ていたフランスからのメール。
ポール・アンリ、カイエからのメールには、
女房(日本人)の姉妹の旦那=地震学者によると、
9月18日を挟む2日間、つまりは、9月16日から20日の間に、
どでかい地震が東京を襲う、という話。
その学者さん、地震の前に起きる気象現象を突き止め、
注目されているとのこと。8日にインターネットで、
また、次号の週刊朝日に詳細が載るらしい。
18日は、イタリアGPから帰った後、アメリカに飛び立つ日。
怖くて、高速道路で成田に向かうのが憚れる。
まずは、状況を観察して見るとするか。
関連の情報をお持ちの方、
レーシングアルバムまで、よろしく〜。
9月4日
疲れていないと昨日書いたが、今朝起きたら疲れていた……^o^;/~。
年をとると、疲れはすぐには出ないのであった。
運動して翌日筋肉痛になるのは若い証拠だ。
2日後に痛くなることに初めて気付いたのは5年ほど前。
歳は取りたくないもんである。
ザッカーの原稿を仕上げて、ゴルフの練習に行こうかと思ったけれど、
あまりの暑さに断念。ゴルフに対するテンションも落ちたかな。
その代わり、11月6日の業界対決に徐々に動き始める。
コースはツインリンクもてぎ、ゴルフ場はサザンヤードか。
早朝にゴルフをスタート、スルーでラウンドし、
できればショットガンという各ホールからの変則スタート。
そうすれば、ほぼ同時にホールアウトできる。
食事を済ませてもてぎに移動。
カートとサイドbyサイドを北コースで、味わって、
メインコースではレーサーの運転のゴルファーの乗せる同乗走行。
激しい走りなら“同情走行”……^o^;/~。
さて、去年はゴルフだけだった。しかし、それでは悔しいゾ、
という意見がレーサーから噴出。それでは、ということで、
今年はゴルファーに“驚いていただく番”だ。
ともあれ、皆さんの協力で、今年も面白いイベントになりますように。
8日出発のフランクフルトショー→レガシーの試乗会→イタリアGPの
最終スケジュールがやっとフィックス。
来週は逃亡生活。となると、
これから3日の難行が、思いやられる秋の夜。
9月3日
9月末のロードスタープレス対抗レースの準備。
ライセンスナンバーから住所氏名、血液型まで、
参加ドライバー5人のデータを集め、カフェオレ大福持参で、
エントリー雑誌であるザッカーのハンコを
東京駅の近くの編集部でもらって、書類を三宿の主催者にお届け。
その間、某F1チームのY氏に、
フランクフルトショー用プレスカードとカフェオレ大福。
家に帰ってザッカーの原稿。
合間に、某京都方面コンストラクターの秘書募集の遠隔推薦など。
ドタバタしているが、洗車も済ませ、きれいさっぱり。
一昨日換えたタイヤのお陰で快適運転ゆえ疲れなし。
換えたタイヤは、もうちょいでカーカスが出そうに擦り減っていた。
スリック状態から変更すればよくなって当たり前か。
9月1日と2日
<1日>
全日空ホテルでプリウスの発表会。
始まる前から凄い人。さすが注目のクルマ、って感じ。
まずは、張社長の運転で、音もなく登壇。モーターだけで走る
EVドライブモードの存在をそれとなくアピール。フム、やるわい。
開発責任者の紹介も、クリーン&未来を感じさせた。
インテリジェントパーキングアシストの実演では、
会場から90ヘェくらいの簡単の声が上がった。
そもそも、私の意見は、アシストはあってもいいが、
クルマはあくまで運転者の責任の元で走るべき、
と思っているので、この種のシステムには諸手を挙げて賛成しかねるが、
未来を感じさせるアイテムとして、効果的に作用させた台本の勝利。
終わった後に間瀬さんに電話して広尾。焼酎をごちそうになる。
電車通いは、こういう時に便利である。
<2日>
新宿でタイヤを仕入れて南青山。道上選手と待ち合わせて、
野茂選手もお世話になっているトレーナーを紹介。
道上選手がやる気になれば、
日本のレースシーンにちょっと変化が見えるかも。
トンカツも奢ったし……^o^;/~。
タイヤを交換して、六本木ヒルズでBMW-M5の発表会。
最近のドイツ車は、本当に磨きがかかっている。
早めに引き上げ、分かりにくさ100%の近代オフィスビルを呪いつつ、
途中で、送れてやってきたI田U子嬢と会ったりしながら
やっとの思いで駐車場。広尾の知り合いの事務所に向かう。
ワイワイと夢を語る会。ちょっとだけ実りあり。
気分がよかったので、FCのTさんと久々の春。
相変わらずのうまさであった。
8月31日
8月最後の日、富士最後のレースの見物。
高校生だった1968年のデビュー戦の日本CAN-AM以来、
何度も通った現行富士の最後のレースということで、
ノスタルジーを感じた日本中のファンが大挙して押し寄せ、
隆盛を極めた頃の大渋滞、てな想像で恐れつつ、須走で降りた。
が、ガラガラで安心。したはずなのに一抹の寂しさは何故?
とはいえ、不順な天候も手伝って、
レースは近年稀に見る面白さ。
渋滞が大嫌いな私が最後まで見ていた、
ということが面白さの尺度を語る(ホントかよ……^o^;/~)。
けれど、トップ4の中の日本人は本山だけ、ってのもなぁ。
レース後、中嶋さんと立ち話。“今だって、レベル高いよ”。
でも、監督の時代には、ご本人と星野さんがいて、
松本さんに藤田さんと対抗が期待できる役者がいましたよ。
またぞろ、“全日本外人選手権”にならないように、
“その他大勢”の日本人ドライバーの奮起に期待!です。
11月6日の業界対決の相談を、星野さん、アグちゃん、中嶋さん、
近藤マッチ、土屋武士選手、脇阪寿一選手、服部尚貴選手、土沼監督、
某社と某社の方々にご相談。
今年はゴルフだけでなく、同乗走行やカートのレースを盛り込む予定。
レースとゴルフのグッズを集めたチャリティもいいかな、と。
というワケで見物人を募ります。11月6日、ツインリンクもてぎ周辺、
ということで、レーサーとゴルファーを間近で味わいたい人、
スケジュールに赤丸印を、よろしくお願いします。
8月30日
JAS旭川カントリーでゴルフ。
北海道は、途中で休まず、スルーで周れるのが嬉しい。
コースもきれいだし、天気もバッチリ。
数年前に我々の組についてくれた
とっても明るいキャディの智ちゃんにも会えたし、ベリーグッド!
お陰で、完全治癒とはいえないけれど、46/44はまずまず。
パターは“パターリング”の練習で距離感抜群。
アプローチもそれなり以上。練習の成果ありかな、と。
これで、ドライバーが後半みたいに当たってくれれば、
80台に戻れそうな予感。
8時に帰宅して、イラスト4点を受信。もう4点は郵送で到着。
相変わらず、安藤俊彦さんも諸岡理さんもいい味だ。
Fポンの予選を確かめて、つらつらと原稿1本。
明日は、現行富士スピードウェイ最後のレース。
感慨深く、見物に行く予定。
8月29日
朝一で東京→浜松町経由で羽田→旭川。
もうすぐ発表になる某社のプロトタイプの試乗。
最近のクルマの進化に拍手、である。
黒澤ガンさんの横でまずは1周。その後、現行モデルに自分で乗ったら
そっちの方が安定していた。なぜかというと、
速度が50km/hほど遅かったから……^o^;/~。
旭川のホテル泊。
8月28日
新たな発見の日であった。
発見その1・コストコ。
どでかいスーパーである。アメリカからやってきた、というより、まんまアメリカ。
モノによっては相当安い。レモンライム(要するにサイダー)24缶で600円!
3時間ほど、女房と三男と、だだっ広い店内を徘徊。
結局、余分なモノを一杯買った……^o^;/~。
が、チェアマット1780円は超の付く買い得。
サイトで見たら最低5000円、高いものは1万円以上!!
少なくとも外見はまるで同じ。
さて、使い込んだらどうなるか。
発見その2・感心するサイトをいくつか発見。
調べ物をしていたら、ここ(↓)に出くわした。
<http://procland.com/yayoisf1net/index.html#> 知るひとぞ知る、かも。
よく出来ている。第一に、愛がある。
シューマッハ・ファンだが、ベタベタしたいやらしさがないのが嬉しい。
こういうところに捕まると、かくて久々の徹夜……^o^;/~。
ところで、シューマッハといえば、
シーズン前半に、“2003GAは史上最強の傑作だ”と言っていた人々は、
現状をどう捉えているのだろうか。
例えば、その昔、ウイリアムズが絶好調の時、
今宮さんがよく使った言葉に“トータルパッケージング”というのがあった。
それが優れていることが強さの秘密だ、と。
トータルパッケージングにゆがみが出たフェラーリは、だから周回遅れ。
確かに。でも、それって、ひとつも答えになってないな、と。
ともあれ、栄枯盛衰、強いものはいつか下り坂が来る、ということか。
マクラーレン・ホンダ全盛期の1988年、
後藤治さんがイタリアGPの予選後にしみじみ言った。
勝ちつづけるとさ、このままず〜っと勝てると思っちゃって、
でも、それが負けの始まりなんだよね」と言った。
翌日の決勝で、マクラーレン・ホンダは、
その年の16戦の中でたった一回だけ負けた。
後年、その時の心境を、セナのエンジニアだった木内健雄さんに聞いた。
「みなさん10連勝とかいうけど、こっちは全然そのなの気にしていなかった。
それはあくまで結果だから。あの時、セナがリタイアして連勝が止まったとか、
そんなことより、プロストのエンジンが壊れたことの方が
ずっと大きなショックだった。圧倒的にフェラーリをリードしていたけれど、
もっと上にいかなければ、という意識で、手綱を緩められなくて、
新しいタマを入れたらそいつが壊れた。記録どころか
そればっかりが気になっていたもの」。
現場の人は、記録なんか気にしていないってこと。
ドライバーも、記録に対しては多分同じはず。
シューマッハは、6回めのタイトル云々より、
今をどうするかだけを考えているはず。
そういう意味でも、フェラーリの地元の次回イタリアGPが楽しみ。
8月27日
またまた夜更かしして朝寝坊。しかし、睡眠時間が短くて昼寝。
何やってんだか。部屋の(一部を)片付けて、気分転換。
夕方、セサミ治療院。今日の拷問はかなりのものであった。
患部は右の肘と肩。そこをを集中攻撃だ。
まずは、肘→二の腕、肩を、なんとまぁ、
万力と強力なバネ付き巨大洗濯バサミで思いっきり挟む!
5分間3本勝負だ! 5分置きに締め込みを強くする。
先生、痛がる患者をみて、楽しんでないかい?
痛いというより、痺れて参った。
隣りの診察台(というより拷問台だな)の
Jリーガーのタクちゃんはと言えば、
太ももをハンマーでコンコンやられて顔をしかめてもだえまくり。
鍛えている人ほど、筋肉もでかいから治癒も一苦労。
痛さは運動不足の常人の倍はいくだろうなぁ、
苦痛の表情を眺めつつ、自分の痛さも忘れて同情する。
しかし、思い出したら痛いので、なるべく自分のことは忘れるように努め、
他人のことで気を紛らわしているのであった……^o^;/~。
ともあれ、猛烈な痛さと辛さの後の爽快感。
こんなに痛めつけられて、また行ってしまうオレって何者?
8月26日
夕べの原稿が長引いて寝たのが3時過ぎ。
深夜まで、“ペーパージャガー”に挑戦していた三男に、
“明日は起こしてあげるから”という約束をしたものの、
一端起きた7時では少し早すぎので二度寝したのがまずかった。
起きたら10時30分。息子よ、約束破った父を許せ。
原稿の仕上げをしつつ、午後からオイル交換を済ませて、
黒澤と所沢のロデオ。17年前に修理に出した
メッサーシュミットの進行状況を確認に行く。
9月一杯に動くように、とお願いして、
八王子でトンカツ。業界仲間で八王子出身の元ジムカーナドライバー、
H氏ご推薦の店。本当にうまかった!
ダイエット台無しを思いつつ、うまいものに国境はないのだ、
とワケの分からないことをいいつつ舌鼓。
ちなみに、H氏、元といっても、ジムカーナ時代は1970年代。
多分、誰も分からないだろうな。
誰だか当てた方には、Tシャツ上げます。
レーシングアルバムにどうぞ……^o^;/~。
8月25日
残暑お見舞い申し上げます。というか、やっと夏、って感じか。
60年代のF1の原稿。2年かがリ、というと聞こえはいいが、
とっくにやればよかったものではある。
ゴルフの練習で最近の傾向は、全体にショットが左曲がり気味。
ドローならいいが、これぢゃフックだ。
直す方法は、レッスンプロに見てもらうしかないのだろうか?
時々いいショットが出るので、ダウンスイングの軌道に問題ありか。
すんなり丸く振れればいいが、ついつい力む。
ゴルフの練習の成果は他に現れて、体重が71kg台に落ちた。
精進精進。
モーターショー関連の原稿、最後の一人がやっと届いた。
ショックなことに、分量が半分だった。
8月24日
ハンガリーGP、久々にパターンの違うレースで楽しめた。
しかし、アロンソの勝利も素晴らしかったけれど、
シューマッハが周回遅れになるなんて、誰が予想できただろうか。
さて、次はフェラーリの地元イタリア。
どんな展開になるのやら。楽しみでもあり、怖くもある。
残る3戦、本当に目が離せなくなった。
その一方で、まだ一人、原稿未到着。
SOSで夜半が過ぎた。あ〜、心配なり。
8月23日
7人の仲間に頼んでおいた原稿の締め切り日。
きっちり約束を守ってくれた人に感謝しつつ、
全員がそうぢゃなかったことにガックリもしつつ。
F1の予選が今年一番の面白さだった。
シーズン当初、“燃料の量が違うから、
マジに観るのがバカらしい”と思っていたが、
オンガロリンクはちょっと違った。
それは、抜きにくいコースであることと、
シーズンが進んで、チームの作戦がより精確になったことから、
それほど燃料を積まない予選が予測されたから。
つまり、燃料搭載量の違いがないはずので、
マシンポテンシャルとドライバーの能力の差で勝負が決まる、
予選本来の形に近いと思えたからだ。
事実は知らないが、そうして“思える”ことは、
レースを面白く観るための最大の良薬。
明日のレースが大いに楽しみだ。
8月22日
風雲急を告げるという奴である。
ロードスタープレス対抗レースのことである。
ザッカー・チームの我々は、去年と同じメンバーで出ようとしたが、
いろいろ皆さんご多忙やご都合で、最後の一人が決まらない。
首都高バトルのゲームを作った森山社長、
潮来のカーとコースの額賀オーナー、
元レーサー(一応)であり、ライター仲間の伏木悦郎、
そして私までは決まったが、後一人だ。
どうせなら、ってことで、著名人の知り合いに打診した。
ゴルファーの横田真一、原口哲也両プロ、
元Jリーガーの都並敏史などなど。
しかし、全員あいにく予定が入っていて、泣く泣く断念(少しウソ)。
そこで、頼みの綱の鈴木学に助っ人をお願いして一件落着。
9月27日土曜日、筑波サーキットに来られる方は、招待券を送りますので、
応援、よろしくお願いします。
応募方法は、レーシングアルバムに近いうち、ということで。
昼から神保町で原稿と写真の照合を済ませ、
日久々に吉祥寺の痛いスポーツ治療院。
峡の派格別の痛さ。しかし、お陰で、右腕の痛みが楽になった。
ずっと少しいたいのを直すために、
ちょっとの時間猛烈に痛いのを我慢する。
理に合ってるような、合ってないような……^o^;/~。
8月21日
裏工作に明け暮れる不毛な1日。具体的な動きは、ゴルフの練習のみ。
とはいえ、その練習も、“具体的?”と聞かれれば、言葉に窮するが……^o^;/~。
某モーターショーの最初の原稿が届く。後7人。
そのうちの一人は自分……^o^;/~。
構想は固まった。実際の執筆活動がなければ、どんなに幸せか……^o^;/~。
8月20日
机の上を整理して、3人の息子とラーメン。
細かい支払を済ませて、三宿にロードスター・ブレス対抗の作戦会議。
お土産にカフェオレ大福を持参しようと思ったら振替休業で残念。
今年も、首都高バトルを作った森山社長と、ザッカー・チームで参戦。
帰りに正常の飛び切りうまい冷し中華の予定が、振替休業。
本日は食い物についてない日であった。
オマケに、左の上の歯が、3本一緒に痛くなった。
好きな食い物に嫌われて、嫌いな歯医者にお呼ばれの、
憂鬱な夏の夜。
注文していたロメオとジュリエットの英会話のCDが到着。
教材だけは一杯あるぞ、と……^o^;/~。
8月19日
某社のHPの原稿の作戦を練る。聞こえはいい……^o^;/~。
書くまでに時間がかかるのが、タマにキズか。
ゴルフの練習の後に、川崎モナコ化の企画を整理。
久々に、ダートラ界のドン、Y氏に連絡。
旧交を温めつつ、夢を語る。
彼はすでに川崎の鉄腕アトム計画の後に協力したとのこと。
世間は狭い。というか、モータースポーツの分野なら、
知らない人がやる方がおかしいか。
Y氏と話していたら興奮して、なかなか寝付かれず。
夢が夢のままで終わりませんように。
8月18日
世間は休み明けらしい。こちらは年中休みみたいなものなので、
世間のことが分からない、なんちゃって……^o^;/~。
休み明けなので、いろいろな連絡が来る。
あちらは新鮮、こちらはピンとこない。
世間がずれているのか私がずれているのか。
ともあれ、今年もロードスター・レースに出させてもらえそう。
ちょっと緊張する。雨なら燃費のせいにして遅いのがバレないが、
晴れたらそうはいかないしなぁ。しかし、変われば変わるものだ。
その昔は、サーキットを走れるってだけで嬉しかったのに。
いまでは、サーキットと効いて脳裏に浮かぶのは、
ただただ言い訳のフレーズばかり。
ところで、昔のレースを調べているうちに、
ものすごいサイトに出くわした。
感動したのでみんなに見てほしい。
<http://www.ne.jp/asahi/paper-m/yasu/2art_w/j_f1_list_1.htm> これが紙製って、作者は天才に違いない!
8月17日
雨脚が弱まったので少々気分が明るくなった。
気分が持ち直したところで、原稿にかかる。
1960年代から1990年まで16レースレースの解説。
不思議なことに、古いものも調べずに書ける。
つまり、記憶が薄れるはずの昔ほど
レースが面白かった、とうことか。
夜10時から観たモトGPのチェコ戦も面白かったが、
1960年後半から1970年代前半のレースは、負けず劣らずの迫力と
新鮮さがあった。1968年と1969年の日本GPも、
1970年代前半に迫真のバトルを展開したスカイラインとロータリーの対決も、
猛烈に面白かった。ことしの7月13日、
雨で短縮されて2ヒートになった富士のGTレースが、
その面白さ髣髴とさせた。
面白かった理由は、雨の中の短い2ヒートで、必然的に“真剣”になったから。
モトGPやF1だけでなく、かつての日本のレースにも、
その“真剣さ”が山盛りだった。
現在の日本のレースに真剣勝負のレースを期待するのは、
酷な注文なのかなぁ、と考えたら、再びなんだか寂しい気分の夜更け。
8月16日
しつこい雨の中でもんもんとしつつ、
昨日、実家から持ってきた古い新聞に目を通す。
30年前の新聞て、こんなに字がちっちゃかったのか、
と感心しつつ、老眼鏡がないと見えないぞ、と。
ともあれ、空のどこにこんなに水があるのかい、と思うほどの雨である。
そろそろ降るのも飽きそうなもんだ。
からっとせずにうっとおしい夏。
しかし、数日後には蒸し暑い灼熱地獄が来るはずで、
それはそれでうっとおしい。
とかいっちゃって、原稿が進まないと、
ついつい愚痴が出てくるもので……^o^;/~。
8月15日
まずはご注意!
コピー&ペーストができないとか、
インターネットのリンクに飛べない、
という症状が出ると思ったら、それはウィルスの仕業です。
そのウィルス、16日に“爆発する”といわれていて、
となると、ウインドウズアップデイトがラッシュになるので、
お心当たりの方は、今日中にアップデイトをお奨めします。
かく言う私も実はウイルス騒ぎ。
どうも辺なので、アメリカの先生にメール。
即座に反応があって、徹底的な追跡により、
2日ががりで駆除できた(と思う)。
アメリカから何度も確認の電話をくれた先生に頭が下がる。
安心して、長男と三男連れて、カフェオレ大福(うまい!)持参で相模湖。
お線香をあげるついでに、
原稿の資料にする古いオートテクニックを家宅捜索。
ホコリまみれになったおかげで、あったあった。
懐かしい品々がぞろぞろ出てきた。
1977年、富士スピードウェイでの初転倒の連続写真。
懐かし恥ずかし。ポスターもいろいろ出てきた。
1975年の風戸裕と藤田直廣のスポンサーだった、
紳士服のSAMのどでかいポスターが一番懐かしい。
懐古心大満足で、息子達を乗せて帰り道。途中で気付いた。
せっかく探した本を忘れて取りに戻って30分のロス。
オッチョコチョイも昔どおり……^o^;/~。
8月14日
モーターショーのガイドブックの原稿発注をメールして、
中央線で新宿。経済産業省のF部長と打ち合わせ。
岡崎ケンジさんと電車で立川までお付き合いいただいて昼飯。
ドラッグレースの内情をいろいろ教えていただく。
フム、Fさんの考えていることは、得策ではない方向かも。
呑み過ぎの疲れで早めに寝る。
いけね、英会話、今週は全滅だ。
息子よ、勉強してお父さんに教えてくれたまえ……^o^;/~。
8月13日
間瀬さんにご相談の後、三田で打ち合わせ。
最後に六本木で食事で大酒。
久々に電車で行ったら、迷いまくって、反対に向かったり、
三田から六本木に行くのに新橋を回って、挙句は溜池山王からタクシー。
最初からタクシー使えって……^o^;/~。
焼酎の牛乳割を10杯くらい飲んで、久々に吐く。
というワケで、バタンキュー。その疲れて、14日分もかかずに寝ちまった。
8月12日
久々に、その昔会員権をとある方からいただいたサンメンバーズでゴルフ。
午前中は、パラつくあめの中で
夕べ寝られなかった“いい感じ”のショット連発。
まずはパースタート。2ホールと3ホールが、トリプルとダボだったのに、
午前中は45回と全盛期を髣髴とさせる見事なスコア。
ハーフでパーが4つもあるなんて、何年ぶりかなぁ(←感慨深げ)。
しかし、きちんと午後はまとめて、ハーフのエージシュート……^o^;/~。
久々の岡田秀樹選手も、カメラマンのOちゃん、Tちゃん共々満喫。
そう言えば、朝のフロントで、“一人足りない”事件。
Nケ谷さんからのメールで、ピッタリ8人で2組だったはずなのに、
7人しかいない。確かもう一人いたのに、二人とも思い出せない。
え〜と誰だっけ? 結局、一人欠けて4人3人でやることにした。
キャンセル料の1000円は、会員の私持ち。
だが、いたんです、早く着き過ぎて駐車場で寝てたメンバーが。
Y出版出身のYさん、みんなで忘れちゃってスイマセン!
ゴルフ中に黒澤から、“面白いものが見つかったよ”と電話。
ワンボックスの洗車の時に、脚立でクルマを傷つけないアイデア賞品。
どなたか、パーツの卸をやってる方、いませんか?
8月11日
朝から、3時まで闘ったFポンのプログラム用の原稿。
夕方、先日壊れた某社のドライバーを発送し、
ついでに焼鳥買いに出た以外は、ず〜っと書く。
あんまりかいたので、頭の中に言葉がなくなった……^o^;/~。
区切りをつけて寝ようと思ったら、興奮して寝られない。
以下に雨の予報はあっても、ここ1週間の練習の成果が、
いよいよ明日開花するかと思ったら、それも無理からぬことか。
しかし、寝不足で元の木阿弥、という気もしつつ……^o^;/~。
8月10日
昨日書いた原稿が、先週の分とソックリの内容だった。
赤面しつつ反省して書き直し。
朝方、書き直しを完了して、8人のインタビューに取り掛かる。
テープ起こしまではサクサクッと。問題はこの後。
合間に、業界対決のゴルファーに挨拶状。
プリンターのインクが切れたので、めじろ台。
売ってなかった。仕方ないので、スニーカーと靴下とズボンを買う。
なにやってんだか。
今日は、近所の焼肉屋“焼肉本店”の店じまい。
オジサン、今後は、豊田の弟の店にご奉公予定だそうだ。
ホルモンとご飯のうまさはン藤に絶品。
最後の日、ということで、女性客や女房にレシピの伝授。
う〜、こだわりのこういう店がおしまいで、
エサみたいな冷凍肉を食わせるチェーン店が生き残る。
なんとも世知辛い世の中だなぁ。
8月9日
間瀬さんにご相談と、講演会の見物のために10時に出発。
しかし、凄まじい雨に怖気づいて、八王子インター手前でリタイア。
昼過ぎに息子がアルバイトに出かけた。
怖気づいた自分が情けない。
その代わり、と居直って、原稿を3日分進める。
都合のいい性格がありがたい。
そろそろ業界対決の準備にかかる。まずは葉書でゴルファーにご挨拶。
今年は、11月4日か6日の予定。最初は5日のしようかと思ったら、
どうやら横田真一選手が他のイベント。
もてぎの協力をいただいて、プロゴルファーの同乗走行を考えようか。
同乗ではなくて、“同情”走行になるくらい、ビックリさせたいな、と。
去年、ゴルファーの打球の素晴らしさに驚いたドライバーから、
“今度は反対にビックリさせたい”という意見が百出。
ゴルフとクルマをミックスして、楽しい1日になりますように。
8月8日
久々に悲しい事態に直面した。
何度ため息ついても目の前は暗がり。
近所の焼肉屋に行った。塩専門を謳うこだわりの店。
特筆すべきは、ライスのうまさ。米屋からこだわっている。
イマイチ整理整頓が足らない店の壁に掲げられた家訓。
“甘いのが嫌い、すっぱいのが苦手、苦いのがダメ、
という人はいますが、塩味が嫌いな人はいません。
それは、塩分は人間が生きていく上に必要だからです”。
最初に行って、そのひとことが気に入った。
そもそも、店主が、野球帽なんか被っちゃって、
全〜然、料理人らしくない。しかし、米だけでなく、
焼くとポックリ厚めが出るホルモンのうまさは別格。
カクテキなんか、うまくて椅子から落っこちそうだ。
オイキムチを頼んだら、“今日のはマズイから”とバカ正直。
ユッケジャンクッパの奥深い味わいは、
絶品という言葉がふさわしい。
それでいて家族5人で腹いっぱい食って1万円以下。
安くてうまい本物だ。
で、本日の悲しい物語の始まり。
“今日はサービス”と海老を人数分。???と思って聞けば、
“今度の日曜日で店を閉めるので”。
マンマミ〜ア! 家族一同、固まった。
こんなにうまくて、でも商売下手なおじさん。
悲しいぜ! 開店したのが2年前、直後に狂牛病騒ぎ。
借金が返せず、我慢が続かず借金返せず泣く泣く店じまい。
こだわりが通用しない世知辛い世の中だ。
明日とあさってが、最後のチャンスだ。
西八王子駅南口から八王子寄りに150m@二つ目の踏み切り傍、
“焼肉本店”とその名もぶきっちょなそこに行って、
おじさんを元気付けてやってちょうだい!
8月7日
今日も暑い。午前中に日本の歴史の原稿1本。
書き上げたことろで、Fポンのプログラムの仕事が、
来週締め切りと判明。余裕と思っていたのでショック……^o^;/~。
ショックの心持で川崎のモナコ化計画の担当者にメール。
イギリスGPが終わったところで改めて、とのことだったが、
連絡がなかった。メールの打診で再来週にミーティングと決定。
しかし、事態は簡単に進みそうにない状況。
まぁ、ことがことだけに、そう簡単にいっちゃぁ面白くない?
アレコレ忙しくなりそう。名のにゴルフの練習。
精進は、忙しい時に限るのだ(←ホントかよ)。
8月6日
オートファッションの原稿を仕上げてゴルフ練習場。
30度を越す猛暑で汗だく。痩せる思いのショットで、
ダイエット効果抜群……^o^;/~。
B110サニーの調べものをしていたら、思わず読み込んで、
あっという間に夜だった。
11時から英会話のテレビ。こんなに楽しい勉強があったのか、
と家族で納得。NHKの“100語でスタート英会話”はお奨め。
レーシングパブで、ミニバンレースねたが盛り上がってきた。
皆さん、ご意見、お待ちします……^o^;/~。
8月5日
流石に疲れて、9時間も寝てしまった。
メールの整理やインターネットのチェックをして、
ゴルフの練習でひと汗かいたら昼だった。
シャワーを浴びて、息子3人と近所の中華で昼飯。
5分ほどの距離を歩いて五目ソバを食ったら汗だく。
帰って原稿書いたら、風が通らない仕事部屋でまたまた汗だく。
激しい雷で冷や汗もかいたから、体重減ったかな、と……^o^;/~。
今日から、NHKのテレビ英会話を息子3人と開始。
いつまで続くか、楽しみではある。
8月4日
結局、スタートだけ見ようと思ったF1を最後まで見てしまって寝不足のまま、
名古屋駅のマリオット・ホテルを6時に出発、
ひかり→こだまを乗り換えて三島。
竹平素信さんに出迎えていただいて東急500クラブ。
某社のドライバーが割れたので、
今回は新調(といっても中古品)したドランバーのデビュー戦。
前半はあやふやだったが、後半にいい当たり。
大いに気に入って、スコアが低調だった割にはいい気分……^o^;/~。
帰りは、MIさんにメルセデスで家まで送り届けていただいて、
かくて、一昨日クラブを預かってコースまで運んでくれたY本君と合わせて、
皆さんのお陰で、猛暑の中で熱中症にもならずに楽しいゴルフができた。
これで、スコアがよければ言うことなしだが……^o^;/~。
と、父親がおめでたいゴルフの最中、
八王子では盲腸の初期症状の次男が入院点滴騒ぎ。
付き添いの女房は疲労困憊。大事に至らず、一安心。
8月3日
6時出発、中央線→新幹線→近鉄で鈴鹿。
初めての8耐は、スタート直後の2周目に、
本命の岡田組、ニッキー組がオイルに乗ってリタイア、波乱の幕開け。
“F1で言うと、シューマッハとウイリームズの2台がこけて、
バリチェロがトップ、みたいな展開”という遠藤さんの解説。
とっても分かりやすかったが、耐久レースは長い。
暑気払いにクアガーデンで温泉なんかに入っちまったら、
眠くて眠くてたまらなかったが、ウトウトしつつ我慢したら、
そのお陰で、残り1時間に最大のドラマが待っていた。
トップを走っていたスズキが最後の給油でエンジンが掛からない。
こんなことがあるのがレースだ。
勝った鎌田学選手は、岡田忠之の一番弟子。
一昨年の忘年会に来てくれた人だった。
心底嬉しそうな素直な笑顔と、
感謝の気持ちがこもった挨拶で、ファンになった。
“皆さんのお陰で、本来は裏方の私が勝ってしまいました。
心から感謝します”と開発ドライバーは泣かせる挨拶。
ホント、いい奴だ。
ゴールまで2時間になった頃、次男から電話。
“道上が勝ったよ”、と、スープラ、スカイラインの中にあって、
絶対的不利にあったNSX勝利の嬉しい富士でのGTの報告。
本日は、ホンダ系の健気な運転手のハッピーデーだ。
バスで名古屋のホテルに移動。
明日は、6時起きで裾野のゴルフ。本日早寝。
と思いきや、11時50分からF1のテレビ。
ゴルフ中に熱中症になったら、笑ってやってください。
8月1日※追伸
みんなが見ている反対側の桟橋の上から眺める花火は見事だった。
ナイアガラの滝も、みんなが見ている裏側。
我々50人ほどだけの特権と思うと、何だか得した気分になった。
それより、炭で焼いた肉はもちろん、釜で炊いた飯のうまいこと!
キャンプ場の息子でも、こんなに美味い米は食ったことがない、
というほどうまくて感激……^o^;/~。
8月2日
キャンプ場からGT予選の富士へご出勤。
主目的は、月曜日のゴルフに備えて、
キャディバッグを運んでくれる人を探すこと。
てのは冗談だが、嬉しかったのは、皆さんの二つ返事。
松田秀士さん、黒澤元治さん、お騒がせしました。
結局、サファリパークに子供を連れて行く、という用事を
わざわざ作って富士まで来てくれたY本君のGT-Rのトランクに収まって、
わがキャディバッグは幸せそうだったのであった。
これで安心して、明日の鈴鹿に備えられるな、と……^o^;/~。
中央道の渋滞を上野原で逃げ、裏道攻撃で大垂水の麓までスイスイ。
だが、ナンテコッタァ。20号に戻ったら、相模湖で前にいたクルマの後ろ。
単なる遠回り。まぁ、渋滞でイラつかなかっただけマシってことで。
F1の予選でウイリアムズが1-2、シューマッハが、
5戦連続でポールを取れない、という事態を目の当りにして、
嬉しいような悲しいような妙な心持。
息子と、9月のアメリカ行きのことで議論が白熱、
気がつけば1時30分。寝坊が怖い寝苦しい夏の夜。
明日の鈴鹿は、見物する方も8耐になりそう。
<br> <hr> 8月1日
朝一でザッカーの原稿を仕上げ、ゴルフ練習場。
いい感じを思い出してご満悦。
今から相模湖の湖上際。
真下から見上げる花火は迫力満点。
家族はちょくちょく言っているけど、私本人は15年ぶりくらい。
なんだか気恥ずかしい気分で、行ってきます。
7月31日
朝一でゲラの修正を済ませ、税務署。
消費税を支払。いや、税金は支払ではなくて納付だ。
払わない相手にはトコトン厳しい税務署だが、
払う意志に対しては極めて低姿勢。
黒澤にC社のノベルティ用センスの報告。
あんこサンド(西八王子駅近くのサンドイッチ屋特性)を持参。
大絶賛! 嬉しい。
黒澤を京王八王子駅まで送って、山田駅近くの練習場。
久々の250球。八王子は、1時間の打ちっぱなしが1200円。
まずいぞ、練習場通いが復活しそうだ。
昨日、衝動的に買ったテーラーメイドのドライバー初打ち。
まずまずの感触。来週の月曜日の初ラウンドが楽しみ。
7月30日
C社に挨拶、うなぎをご馳走になる。
その足で、チャリティを主宰する方と接見。
とって帰って、荻窪、のつもりが、
帰りに時間がかかって、6時の集合に大幅遅刻。
元レースのスポンサー某社社長宅での飲み会。
テニスのコーチと歯医者さん、現役Jリーガーにスポーツ治療師。
面白い取り合わせは、話題が豊富になって面白い。
二次会に向かう途中で敵前逃亡。
明日朝までに、ベストカーのインタビュー記事のゲラ修正。
少々ワインを飲みすぎた。
7月29日
レガシーの試乗車を新宿に返却。
そのついでに家族で昼飯。
道中、車内の話はクルマだけ。
私がクルマ好きとは言え、あまりの能のなさ……^o^;/~。
しかし、原因はレガシーが、クルマを感じさせるクルマだから。
ともあれ、息子三人がクルマに詳しいのには驚いた。
今度、原稿、書いてもらおう。
帰りに吉祥寺のミニカーショップ。またクルマ……^o^;/~。
焼き鳥でビールを飲んで、寝る。
7月28日
次男と三男の三人で近所のラーメン。
八王子は美味しいラーメン屋が多くて嬉しい。
某レーシングチームの新監督就任のレリースをお手伝い。
モーターショー関連の企画の打診と連絡と並行して、
脇阪寿一選手と井出有治選手に電話インタビュー。
終わってスッキリしていたら、ベストカー編集長から電話。
“原稿、どうなってます?”。え、今月中でしょ?
なに言っとんの! 今週中って言ったんだよ”。
失礼しました。すっかり楽勝の構えでした。
大特急でまとめと送信。
他の仕事がなかったので、慌てずに効率よく終了して一安心。
しかし、某社の振込みが来月になっちゃったのは、かなりのショック。
どこかにお金が落ちてたら、交番に届ける前に教えてください……^o^;/~。
7月27日
昨日の寒さとは打って変わった好天の菅生。
レースはなかなか白熱した。
本山の自信あふれる横綱相撲、
寿一とトルルイエの迫真の3位争い。
そして、小暮のクラッシュ。
今は守るべきなのに、もう一歩いってしまう小暮の“若さ”。
レーシングドライバーとして果敢さは重要だけれど、
一歩引くことも必要だ。そういう真似が一切できない私は、
小暮の苦しさが手にとるように分かる。
しかし、苦しさがバネになる。ここを乗り越える小暮に期待。
5時に菅生を出発し、東北縦貫。
途中でフォーミュラクラブの津山社長とバッタリ。
香港のトップドライバーを菅生に連れて行った帰りだった。
来年からF3000に出たいと語る彼は、
頭脳明晰で聡明そうで、かつまた育ちがよさそうだった。
香港のビデオですっかり有名人の
ガンさん(黒澤元治さん)、ハッちゃん(服部尚貴)から
サインをもらってご満悦。
しかし、Fポンエンジンを4リットルにすれば、アメリカも含む
環太平洋のシリーズが考えられるね、と建設的な意見の持ち主。
来年、Fポンに登場したら、応援しよう。
仙台の地震のせいか、帰りの東北道は案外空いていた。
10時30分に帰還。それでも疲れてバタンキュー。
7月26日
明大前で5時に待ち合わせ、東北道で菅生。
佐野のサービスエリアでラーメン。
当然、マイタケの天ぷらをトッピング。
数ヶ月前、佐野藤岡で降りるところを、栃木インターに遠回りして
ワザワザ寄ったのに、マイタケ天を断られ、
悲しさをメモに書いて名刺を添えて渡しておいたら、
数日後にていねいな手紙。“悲しませてゴメンナサイ。
ご意見を参考に、マイタケ天のトッピングをメニューに加えました”。
晴れて追加されたメニューである。
調理場の奥に手紙をいただいた副支配人を見つけて、
“ご丁寧にありがとうございます”、と声をかけたら、
嬉しいお答え。“お陰で売上が伸びました”。
お世辞でもいい気分。お陰でぐっすり眠って、
アッという間に村田インター。Kさんお疲れ様……^o^;/~。
しかし、途中で、様子がおかしいことに気がついた。
仙台から先が通行止め。地震の影響だ。
ラジオで盛んに地震のニュース。
震源地にどんどん近づくのはあまり気分がよろしくない。
さらには、ひどい雨でFポンの予選はすべて中止。
お陰で8人のインタビューははかどった。
中でも、産みの苦しみでもがきつつ、
明日に希望をつなごうとする小暮の言葉は嬉しかった。
というワケで、本日も、バランスが取れて、
牛タンも食って一応、めでたし。
あ、日曜日締め切りの原稿2本を思い出した。
ちょっとアンバランスで更ける仙台の夜……^o^;/~。
7月25日
税理士さんから決算報告。フム、頑張らなくちゃ……^o^;/~。
午後2時から三田のHH堂でモーターショー関連の打ち合わせ。
日本にはたくさんの道があることがよく分かった……^o^;/~。
レガシーのナビのしつこくうるさい音声調整がやっと解決。
教えてくれた広報部員はエライ。
だが、偉くないと分からないナビは偉くない。
それにしても拠点の案内に、これでもかというくらいにトヨタの関連会社。
クルマはいいけどナビはどうも、のレガシーである。
帰宅してメールを確認。明日の出発は4時30分であった。
クルマで行く菅生のFポンでインタビュー8人。
しんどいぞ、と。ともあれ、トルルイエ君にライアン君、
明日までに日本語を勉強しとくように……^o^;/~。
7月24日
5時30分におきて福井社長インタビューのまとめ。
国金の送金を済ませて口座を確認したら、
某社からの予定の入金が確認できず、少し慌てる。
慌てつつ、三男と立川のビッグカメラ。カメラ屋で時計は分かるにしても、
ゴルフ道具やオモチャまで。安いから許そう。
買い物のポイントを息子のカードにプレゼント。
都合500ポイント(500円相当)が溜まって、友都大喜び。
昼飯は西八王子で美味しいラーメン。
女房の友人が集まっている我が家に戻ってインタビュー原稿の仕上げ。
チェンソーのテレビ・チャンピオンが面白かった。
イギリスの連日プレーでパターの上達をん確認したので、
パターリングの練習にますます熱が入る。
効果テキメンにして距離感抜群。
ヨコシンか芹沢さんと共同開発して、発売間近・・・・・・?
だといいな、と……^o^;/~。
7月21〜23日
<21日>
早朝ハーフラウンドの後、Mカメラマンに送ってもらってヒースロー。
13時発のVS900便で成田へ。
そう言えば、BAで帰ると言っていたK通信のAさんは無事?
<22日>
朝9時に成田に到着。その足で、
昔を思い出しつつ久し振りのフィルム現像屋。
連休翌日のこともあったとは思うが、
京橋のクリエイトは、普通に頼むと“明日の朝の仕上がり”、
といわれてビックリ仰天。急遽、飯田橋の神田店に回ったが、
マウント機を持っているそこでも、現像時間は3時間半。
以前は2時間あれば充分だったのに。ショック。
そう言えば、一昨日行ったロンドンのラボ屋がつぶれていた。
データ通信が当たり前になった世の中で、悲哀のフィルム現像。
その代わり、現像待つ間にN嬢と神保町でお粥の昼飯。
データ通信ではこうはいかないな、と……^o^;/~。
帰り際に新宿のスバルで新型レガシーB4を拝借。
好みで言えば、現段階では、古い方がいいかもなぁ。
<23日>
4時45分起床で黒澤と茨城のSD製作所。
途中のサービスエリアででゆっくり朝定食を食ったのに、
現地に7時到着は過ぎ。約束は9時。早すぎた。
ともあれ、ボール研磨機の実演見学。
世の中の生産のほとんどに関係する金型は、
一般的に知られていないが、凄まじい需要があることを再認識。
金型を削るドリル刃の再研磨の需要なんて、想像さえできなかった。
帰りのクルマで黒澤が腹痛。危うくレガシーのシートを汚すところだったが、
なんとか無事。黒澤、明日の中国行きは大丈夫か?
7月20日
雨の心配は杞憂に終わり、それでも、イギリスGPは話題が豊富。
全英オープンゴルフのストリーキングにならってか
思わぬ飛び入りでシラけたところもあったが、
トヨタはトップを走るわ、BARがシューマッハの前を行くわで、
思わず期待してしまったファンもいることだろう。
終わってみれば、フェラーリとマクラーレン、
そしてウイリアムズが上位を占め、そこにルノーが続くことになった。
終盤のダ・マッタとバトンの先陣争いは面白かったが、
上位に仲間入りしてもっと前での戦いを早く観たいな、と。
レース後、ロンドンまで現像につきあい、ホテル到着は深夜。
明日の帰国に備えて、早朝ゴルフなんて元気、
残っているか少々心配……^o^;/~。
※ロンドンの現像屋がつぶれていた。
7月19日
白い雲が浮かぶ青空の予選2日目。
パドックで生沢徹さんにバッタリ。
“たまには来ないと忘れられちゃうから”。
イギリスに留学中の娘さんと会ったり、
夏のイギリスを3週間ほど堪能中。
予選は、退屈な中にも(?)話題はあった。
ちょっと変わったフロントロー。
嬉しそうなトップ3インタビューのツゥルーリがいい感じ。
7月18日
プレスルームでナマのF1サウンドを聞きながら、
イギリスGPの予選初日。通常とは違うことに気がついた。
予選に限れば、現場のテレビの方が
プレスルームのモニターより面白い、ということ。
一部の状況しか見えないテレビは、想像力を逞しくしてくれる。
プレスル・ルームでは、ただただ眠かったのは、
時差ぼけの生だけではなさそうだ。
この辺り、テレビを面白くする基本が潜んでいるかも。
予選を前にパドックを歩いていたら、
向こうから、くらもてぃがきたのでビックリ。
一瞬、ここはアメリカかと思ったが、
聞けば、ターザンの取材でツールド・フランスの写真を撮影、
そのご褒美(?)の「今日だけのF1見物」。「初めてなので大興奮です」。
新鮮なこと。これってもしかして、F1見物最大にして一番のコツ?
7月17日
7時出発して中央道から成田。途中でメシを食って約2時間30分。
11時のヴァージン・アランティックでロンドンまで約12時間。
新しいシート、スチュワーデスの笑顔、機内食も悪くない。
ヴァージンを見直した。エア・フラもよかった。
日本の航空会社は明らかに一歩出遅れ。
ロンドンからバスでオックスフォード。
Mカメラマンの出迎え後、宿に着いたら早速、軽くワンラウンド。
5時30分にスタートしてこういう芸当ができるのが、
ヨーロッパの夏にはできる。羨ましい環境だ。
ゴルフ場内のBB(ベッド&ブレックファスト)という、
ゴルフを“やらざるをえない”事情もあるが……^o^;/~。
ところで、ゴルフといえば、とっても残念なことに気がついた。
当初の予定は、グッドウッド→全英オープン練習日→イギリスGPだった。
H社新社長のインタビューが入ったこともあって、結局あきらめたが、
すっかり北の方だと思っていた今年の全英オープンゴルフの会場が
実は、クッドウッド・フェスティバルの現場にごく近い場所だった。
移動のことを考えると、今年は最高のシチュエーションだったのに。
後の祭りを悔いつつ、宿の近くのウッドストックのインド料理。
食ったら、飛行機とゴルフの疲れでバタンキュー。
実に効率的……^o^;/~。
※トヨタのクラブが最終ホールで破裂。
7月16日
朝一でホンダの福井新社長のインタビュー。
楽しく盛り上がった話は、8月10日発売のベストカーをお楽しみに。
六本木に移動して新雑誌の打ち合わせ。産みの苦しみ。
泉ガーデンから某車の出迎えで博報堂。
伏木悦郎、ピーター・ライアイとモーターショー関連の打ち合わせ。
こう書くと、とてつもない売れっ子みたいだ。
しかし、儲かる話がトンと来ないな、と。
しかし、とある先輩のありがたいお言葉。
“それはね、宇宙に貯金してるのさ”
はて、満期はいつかなぁ……^o^;/~。
7月15日
一昨日の大雨の中で窓を開けっ放しにしておいて、シートがびしょ濡れ。
なかなか乾かず、カビが心配。シートにバスタオルを敷いて中央道。
某Y氏に昼飯相談室。白金で蕎麦をくいつつ、
と洒落込もうかと思ったら、定休日。仕方なく隣のラーメン。
それなりの味だったので、よしとするか。
帰りに、六本木のル・ガラージュで雑誌とステッカーを購入。
寄ると無駄な出費になる。いや、無駄ではないぞ、と思いたい……^o^;/~。
7月14日
午後一までに原稿一本仕上げ、久々に洗車。
気になっていたタイヤのローテーションも済ませ、気分爽快。
しかし、タイヤはほぼスリック状態。そろそろ替え時。
7月13日
6時スタートで富士スピードウェイ。GTマレーシアの代替レース。
しかし、早すぎた。キリでタイスケが大幅に遅れ、 グランドスタンドでスタートを拝んだのは2時15分。待ちくたびれた。
しかし、2ヒート制は、想像どおり面白いレースだった。
先週のFポンも同様、タイヤ交換だの燃料給油だの、
小賢しい後付けのごまかしは、ハナから要らなかった、ってこと。
余計な規則が入れば入るほど、"実力"以外の要素で勝敗が左右される。
20周と30周の2ヒート制なら、それぞれのレースが、
速さだけで決まるようになる。本来、レースはかくあるべき。
そう言えば、スカイラインとスープラの戦いを眺めていたら、
1970年代序盤の、GT-Rとサバンナの壮絶なレースを思い出した。
当時の"スーパーツーリングレース"は、歴史的に見ても
ダントツに面白かったのは、メーカー同士の
"実力"のぶつかり合いったから。
ウォームアップでスカイラインが1-2だったので、
レース前、星野さんに、"今日はスカイライン、いいみたいですね?"
というと、ちょっとキッとした顔で否定された。
"違うよ、ドライで速いクルマは雨でも速いよ。
今日、いいタイムが出ているのは、クルマじゃなくてドライバー。
スカイラインは、こういう路面で速いドライバーがそろっているから。
生活がかかってるからね。ゴルフでOB打って、
俺達みたいに笑ってらんないからね、プロは"。
第1ヒートの井出有冶、第2ヒートのトルルイエ、
どちらもブッチギリ。"プロのいいレース"だった。
7月12日
突然の大雨、出かけている息子たちを迎えに西八王子駅。
傘があってもびっしょり。梅雨明けはいつのことか。
富士のGTの予選結果が楽しみだった。
明日のレースは2ヒート。二人のドライバーがそれぞれ、
2ヒートのそれぞれを担当。給油やタイヤ交換の二次的要素ではなく、
ドライバーとマシンの速さを勝敗を大きく左右する。
天候は気になるか、いいレースに期待して、
今日は早めに就寝。
と思ったら、グッドウッド・フェスティバルofスピードの
ラジオ放送をインターネットで発見。
ファン・パブロ・モントヤ! の声のバックで、凄まじいエンジン音。
思わず興奮しちゃって寝られない……^o^;/~。
7月12日
原稿の予定がズルズルと怠惰な1日。こんなことなら、
ゴルフの誘いに乗ればよかったな……^o^;/~。
7月10日
まぁ、しかし、よく降ること。
午後から、セサミ治療院。今日のは、かなり痛かった。
だって、ウデを万力で絞り上げるんですぜ!
スネの筋肉をスリコギ棒でゴリゴリやるんですぜ!
“痛いことはしてはならぬ”というオヤジの遺言に反している。
しかし、痛いけど、なんだかもっとやって欲しいのは何故だろう?
軽快になって赤坂。ホテルの14階で打ち合わせ&夕食。
新雑誌がかなり見えてきた。とはいえ、それは外郭だけ。
さらに、見えれば見えるほど、大変さもヒシヒシと感じたり。
素晴らしい本になりそうなので、どなたか出資はいかがです?
それにしても、来週の木曜日に出発するイギリスGPの会場で、
カメラマンたちに伝える創刊号のテーマを決めろって、
簡単に言ってくれちゃって、参ったな、と。
怠惰な数日が過ぎた後に、そのしわ寄せが怒涛のようにやってきた。
ところで、連日ショッキングな光景を見た。
昨日のも今日のも、20代台前半のギャル。
昨日のは、井の頭線の電車の中でぺろぺろキャンディをなめていた。
それも、手を離して。口から白い棒が無造作に出たままだった。
なんだか怖かった。今日のは、吉祥寺駅前の丸井の前のテーブルで、
パクパクと弁当を食っていた。微笑ましかったが、
デパートの前に一人で座って食う勇気、ってのもなんだか怖い。
電車の中で化粧するのはまだマシってことか。
最近の女の子は、どうしちゃったんだろうか?
7月9日
ヴァージンエアに電話して、成田⇒ロンドンの特典航空券をめでたくゲット。
これで、なんとか、来週のイギリスGPの往復は確保した。
一安心して夕刻、西永福のF事務所で打ち合わせの後、
帝国ホテルのマツダの食事会。
感心したのは、アテンザ、デミオ、RX8と続くヒットと、
RX8のロータリーエンジンのエンジンオブザイヤー受賞で、
マツダがますます元気になっているのを確認できたこと。
第一、これまで平凡な方と思っていた社長が、ウイットに飛んだ明るい挨拶。
要するに、マツダの上向きがこういうところにもはっきり現れていた、
ということで、こっちまで嬉しくなった。
もはや忘れられていたと思ったロータリーエンジンが、
エンジンオブザイヤーを受賞したことは、担当者だけでなく、
役員だけでなく、マツダの社員全員のモチベーションを上げたのかも。
一度は闇に葬られたロータリーの再開発を決断し、
もの作りの基本を思い出させてくれたマツダに感謝、である。
ちなみに、エンジンオブザイヤーを獲得した次の瞬間、
有象無象正体怪しげな輩を含んで、問い合わせが殺到しているとのこと。
中には、超小型(親指大・・・・・・!)のロータリーエンジンを持ち込んで、
パソコンの充電用動力にしたい、というアイデアの売り込みまであったとか。
弛まぬ努力には、そうした引き合いも来る、ということで、
夢あるマツダに、乾杯!
7月8日
先日、書類の不備で、という厳しいお達しがあったF1のパス。
モナコ、モンツァと並んで厳しいイギリスGPは諦めムードだった。
執筆媒体から掲載誌を送ってもらって、
FIAに送る算段をしていたところに、
FIAから“パスを発給しました”という受理証明のfax。
ど〜なっとんの? まぁ、もらえるものはもらっとこう……^o^;/~。
ホクホクしつつ、ホテル・ニューオータニでホンダの新社長挨拶。
1500人ほどが集まる盛大な昼食会。
福井新社長と吉野前社長が出迎える入り口の前に、
去年、ロッシが乗ったモトGPウイニングマシンと、
NR500、そてBAR005が並んでいた。
NR500は、福井さんが陣頭指揮をとった“あの”楕円ピストンの秀作だ。
普通の会社なら、量産車も一緒に並ぶところだが、
レーシングマシンだけしか並べなかったところに、ホンダらしさを感じ、
ホンダらしさを際立たせる、と挨拶した福井新社長の決意が現れていた。
ホクホクしつつ葛西郵便局を回って、ベストカー編集部で、
来週の福井社長のインタビューの打ち合わせ。今日のセッティングが、
正にうってつけ。そろそろ運が回ってきたかな、と、
ホクホクしながら家に帰ったら、会計事務所から会社の決算の催促。
ふむ、今日もまた、世の中バランス取れるワイ。
7月7日
言われて初めて、本日が七夕と気がついた。
七夕と関係なくなって何年経つのだろうか。
短冊を吊るしたり、笹舟を浮かべた小学校の頃が懐かしい。
オートポリス構想に参加した時の資料を探したが見当たらず。
どこに仕舞ったか思い出せない。
某所のモナコ計画のために、高く売れるのにナァ……^o^;/~。
オートポリス以外にも、茨城のパチンコ屋資本のコース、
相模湖のカートコース、岐阜の建築プランナーのサーキット計画と、
随分あちこちクビを突っ込んだけれど、
どれもこれも、モータースポーツもモータリゼーションも二の次。
結局、ほとんどが我田引水の儲けだけしか考えられていなかった。
さて、今度はいかに。
7月6日
6時半に次男とその友人の宮崎君を乗せて一路富士スピードウェイ。
中央道経由須走り。降りてビックリ、ゲートの数km手前から大渋滞。
しかし、サブゲートに回ったら、がら空きだった。
本日のお客さんは、レースファンとは違うので、
富士スピードウェイの事情を知らず、正攻法の経路に集中したか。
息子と友人を降ろして東富士研究所で某車の試乗。
昼食の後に取って返して富士。雨が上がったヘアピンに陣取る。
ヘアピンの正面、真中のステージに、織戸学、土屋圭一、そしててマナPの解説陣。
間が開いて少々中だるみはあったが、いよいよきました決勝戦!
まずはシリーズ戦ポイントリーダーの今村陽一選手が、
100Rを凄まじいスピードで飛び出して、実にスムーズなドリフトを決めて大拍手!
大きな富士は、観客席から遠いから、迫力イマイチと心配したが、
大きいことでスピードが上がり、迫力も比例して大きくなっていた。
が、素晴らしいけどもったいない。ダートラを見習って、
“後ろに行くほどうまい人”の出走順にしたら、もっと盛り上がるかな、と。
しかし、カラーリングの洗練度や、
時々顔を出す場内放送の一部のtoo mucな下品さがなくなったら、
もっともっと“売れる”ショーになりそう。
ヘアピン外側の芝生の修繕は大変だろうけど、
関係者のさらなる努力に大期待。
それにしても、F1やレースとはまったく違う客層を確認。
驚いたりクビをひねったり。
私の思いを本にしたとして、この中で何人買ってくれるかな、と。
焼肉の夕食を済ませて、9時からフランスGP。
ウイリアムズの活躍で、なかなか見ごたえあり。
それにしても、フェラーリはどうしたのだろう。
シューマッハは苦笑しながらこう言った。
“フェラーリが遅くなったんぢゃなくて、他が速くなっただけ”。
さもありなん。BARとトヨタもその仲間に入る日は来るのだろうか。
そういえば、Jスカイスポーツで10時からFポン。
早い時間で喜んだが、考えてみたらF1の放送中。なんとオマヌケ。
F1の途中で、誰がチャンネル替えるんだって。
事情はあるだろうけれど、F1が終わった時間に始まったら、
視聴率が上がっただろうに、もったいない。
7月5日
3時に起きて原稿。
6時までに終わったら鈴鹿に行く予定だったが、断念。
フランスからのメールに長々と返事を書いちまったのが致命傷だった。
しかし、行かなくとなったら余裕・・・・・・のはずだったが、
余裕ができると怠惰な時間が過ぎていくだけ……^o^;/~。
昼間は日本プロ選手権ゴルフ、夜はF1フランスGPの予選。
ドライの予選では、ミナルディはやっぱり19位と20位だった。
だが、弟シューマッハがポール、2位もウイリアムズのモントヤで、
兄シューマッハは3位の“番狂わせ”。
誰だ、ウイリアムズFW24が失敗作と言ったのは!
誰だ、フェラーリは究極の傑作マシンといったのは!
というワケで、明日のレースは必見だ。
7月4日
六本木で打ち合わせの後、トーチューに立ち寄り。
一番忙しい18時過ぎに行ってしまう大失態。邪魔してゴメンネ。
21時からのパーフェクTV、思わず万歳!と叫んでしまった。
フランスGP初日の予選、なんと、ミナルディが1-2だもの!
モニターに映ったジャンカルロ・ミナルディの嬉しそうな顔ったら。
雨が上がって路面コンディションがどんどんよくなって、
最後ミナルディが有利だったという事情は事情だ。
他のチームなら白けるところだが、ミナルディだけは別格だ。
これはミナルディにとって、1988年の初入賞に並ぶ、嬉しいことに違いない。
メカニックが抱き合って、子供みたいニオイオイ泣いてたっけなぁ。
こっちまでもらい泣きしたのが昨日のようだ。
1986年の最終戦、オーストラリアGPの予選で、
万歳しているチームスタッフを見て、ピットの上の観客席から、
ポールか?という声。見上げたメカニックが、とっても誇らしそうに
“10位だよ”と言った時の嬉しそうな顔も思い出した。
アレッサンドロ・ナンニーニの駆け出し時代、
そういう嬉しさも、またF1。明日になれば、またまた
テールエンダーのポジションが待っているに違いない。
そんなこと、分かっていても、ジャンカルロに祝電を打ちたくなった。
ボッカラルーポ、ジャンカルロッ!(ジャンカルロ、頑張れ!)
夕方の六本木での新雑誌の打ち合わせが、思うような展開にならず
ガックリして帰宅したが、今日もやっぱり、“世の中バランスが取れる”、
なのであった。めでたし。
7月3日
梅雨空同様、スッキリしない1日。
原稿進まず、スカッとした企画も浮かばず。
こういう日は、パソコンゲームに限る。
ひとついいことがあった。机の中の古い貯金通帳。
空っぽかと思ったら、2万数千円入っていた。
猛烈に得した気分。しかし、2万円で喜んでるようぢゃ、
先が思いやられるわい……^o^;/~。
7月2日
久々にセサミスポーツ治療院。時々、足が痛む母親と。
当方、右肩と左ひざ。右肩は、肘の内側の筋肉の凝り固まりと原因特定。
特定はいいけれど、1ヵ月半ぶりの通院なので、痛いのなんの!
しかし、痛さの後に天国が待っている、かな、と……^o^;/~。
治療疲れで何もする気がしない・・・・・なんてこと、
いいつつのんびりできたら天国なりけり。
そういえば、一昨日の朝、一ヵ月前には76kgだった体重が、
71.5kgに落ちていた。60kg台までもう一歩。
7月1日
ゴルフの翌日は怠惰な1日……^o^;/~。
スコアがスコアだけに、元気に仕事もしたくない、ってか。
ともあれ、博俊さんのことはショックだった。
博俊さんご本人のことはもちろん、レース界への影響が気になる。
ノー感じに無神経な書き込みをする輩の気が知れない。
無責任な書き込みは削除させてもらったが、
テレビ新聞ラジオや週刊誌の格好のネタたろう。
とあるテレビと新聞から、コメントを求められたが、
丁重にお断りした。匿名でも、という申し出も、
事情を充分掌握していない段階でのコメントはご勘弁。
| 過去の本日の山口正己 | |
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