過去の本日の山口正己
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6月30日
葉山国際GCで久々の国内プレー。
トリッキーなコースでスコアは壊滅状態。
ますます自信を無くした。ハーフで二桁が2回もあったのは、
始めて2年目以降、経験がなかったからなぁ。
まぁ、天気が雨もなくカンカン照りでもないゴルフ日和だったのが、
不幸中の幸い、ということで。
そもそも、美女を誘う、という今回のそもそもの目的が、
途中で頓挫してしまったところから間違いは始まっていたことだし。
まことさんが池ポチャLANDに書き込んでくれたように、
次回に期待しておこう。


6月29日
早朝のF1の予選を見る・・・・・・つもりだったか、起きたら9時だった……^o^;/~。
ダラダラと怠惰な1日。夕刻、原稿を書き、ヨーロッパGPをテレビ観戦。
今回のレースは相当面白かった。
ただし、序盤の30周ほどは、ただただ待つ、と言う時間はあったが。
その“待ち”をどれだけ耐えられるかによって、マニア度がきまるかも。
明日に備えて早く寝る・・・・・・つもりだったが、某社のwebの確認と、
もう一本の原稿で、睡眠時間は4時間30分だな。
(本日も言い訳完成)


6月28日
とヤジの一周忌で朝から相模湖。滞りなく終わった、
と言いたいが、今回も失点。塔婆がそろっていないという事態があったり。
ともあれ、30人以上の親戚が集まってくれたが、通夜と葬式同様、
天気予報を覆して、今回も雨が降らなかった。オヤジの神通力はまだ有効か。
夕方、一端帰宅して、某社に某社を紹介。近所の某社の工場が、
信じられないレベルに整理されているのを見て、一同感激。
西八王子駅前のレストランで某社社長の奢りで痛飲快食。
久々に酔っぱらってバタンキュー。


6月26日
怠惰な一日。単に時間だけが過ぎた。
まぁ、新雑誌の具体的企画を相当考えたので、いいとしようか。
しかし、アイデアは、やった気がしない。
やった気がしないのは、実態がないから。
したがって、金にならない……^o^;/~。


6月27日
怠惰な翌日はコンクな一日……^o^;/~。
朝一で六本木の超高層IZUMIガーデンでMTG。
ミーティングのことをMTGと言っただけで、
なんだかありがたさがあふれるな、と。
取って返して西八王子、注文の和菓子33人分を持って相模湖。
明日はオヤジの一周忌だ。
大垂水峠で思わずアクセルオンして、
和菓子が他割れたことは内緒……^o^;/~。
実家の近所の小学校の同級生の母上と久々の対面。
なんと、88歳! どう見ても70代前半だ。
健康の素晴らしさにしみじみ。
和菓子を届け、久々にクルマを洗ってやって、
コンピュータを大量に買い込んだ弟としばし談笑。
父になって初対面。全然、変わってなかった……^o^;/~。
談笑の末、1台もらえることになった。
が、このままぢゃ、PC音痴の私には単なる箱だ。
いかにして設定するか、それが問題だったりするが。
帰りに、スイカを仕入れ、明日の準備万態。
夜半、女房が録画しておいてくれた大田哲也さんの番組を見る。
また、泣いた。事故の半年後に、大田さんに会い、
その悲惨な姿にではなく、そういう状態でも頑張る本人と、
奥さんと、幼い息子と娘のけなげな献身に、
声を上げて泣いた。凄まじい戦いに心を洗われた。
人生、辛いなぁ、なんて思ってしまった自分が情けない。
本日封切りの『クラッシュ』は必見だ。
大田哲也のツメの垢でも煎じて、こっちも頑張らねば。
鑑賞したら、感想を是非、書き込んでほしい。


6月25日
資金のやりくりで東奔西走、でもないか……^o^;/~。
参考商事に扇子の確認。
月末の超多忙の真っ只中から5分で退去。
しかし、忙しさの中にも活気があった。
こっちも頑張らねば。
金曜日と勘違いして、週末だと思いきや、もう1日あって、一安心。
時差ぼけで昼夜逆転していると、今がいつだか分からない……^o^;/~。
て、もしかしてこれは、歳のせいかぁ?
そういえば、数日前にMさん宛に原稿送れど変事が来ない。
お心当たりのMさ〜ん、メール見てくださいね。


6月25日
某社のHPの校正を進めつつ、新雑誌の企画をツラツラと。
去年の今ごろは、オヤジの最後のお付き合いで病院だった。
光陰矢の如し。ほんとに時間がたつのは早い。
今週土曜日は1周忌だ。


6月24日
某F1チームのスポンサーの日本GP用巨大写真の手配のお手伝い。
とある工作機械のエージェント業務で、
土曜日に打ち合わせの約束。
パワーポイントで清書した企画書持参で六本木の泉ガーデン。
ワクワクしつつ、でも心配も一杯。
新しいことを始める醍醐味は悪くはないが、
できれば平安に進んでほしいな、と。
7月2日のパリのミーティングの航空券、結局自分で、となった。
大慌てでインターネット。だが、マイレッジの特典航空券は、
“出発日含め7日前まで”。
今回は、日本待機で鋭意準備、とするか。


6月23日
久々にトーチューの原稿。
例によって一端寝て、新雑誌の企画。
我ながらいい出来。しかし、自画自賛だが……^o^;/~。
結局、カツエ師匠に連絡取れず。あぁ〜。


6月22日
朝5時に寝て7時に目が覚め、もう一度寝たら11時……^o^;/~。
アメリカから帰るカツエ師匠に明日、電話する約束。
“上野公園ホテルに泊まります”とのことだった。
が、さがしても、そんなホテル、ないよぉ〜!
公園、てことは、英語でパークか? あったあった。
上野パークホテル。師匠、訳さないでくださいよぉ……^o^;/~。
だがしかし、カツエ師匠の名前が今日明日の名簿にない、とな。
困ってアメリカのヒコちゃんとA氏に電話。
変な時間に起しちゃってゴメンナサイ。
しかし、既に師匠はインディアナポリスを出た後かも。
連絡つかず、1968年にホンダF1がインディを走った写真、
受け取れないと、師匠に申し訳ない。
困りつつ、インディ500で撮った朝香さんの写真をプリントアウト。
メールで住所を教えていただき、ファイルに綴じて、明日宅急便。
トーチューから原稿依頼が来たが、そういうワケで、
書く暇、なぁし……^o^;/~。


6月21日
夜半過ぎに起きて原稿書いたり企画のまとめ。
一区切りついたら眠くなって3時まで寝る。完全な昼夜逆転。
夕方、事務処理をゴソゴソやって郵便局。
帰りに安売りの事務用品店を見つけてノートを買い込んだ。
ノートを買うと、何だかやる気になるなぁ。
長続きしたことがあるかどうかは別問題……^o^;/~。
夕食のカレーの後にまた寝る。起きたら深夜。
当分、時差ぼけとの付き合いが続きそうだ。


6月20日
時差ぼけがぶり返した。朝8時半に起きて、
研削マシンの会社の社長と打ち合わせ。
昼に帰宅してうどんを食って昼寝したのがまずかったか。
夕食の後、8時にバタンキュー。
2時に目が覚めた。もっとも、そのお陰で、
大作原稿の仕上げと新雑誌の企画がはかどったので○。
“本で観て、webで読む”というテーマが浮かんだ。
CDロムはもう古い?
金とエネルギーと力、究極と孤高と徹底したこだわり。
ウ〜ム、フレーズは浮かぶが、1本につながらない。
来週の火曜日までに、形は見えるのだろうか?


6月19日
コンクな1日。午後一に白金台で、某所モナコ化計画のミーティング。
元F1ドライバーのS氏や、F1のMチームのY氏も列席して熱い論議。
上がってから六本木の泉ガーデンタワーで新雑誌の打ち合わせ。
8時から西麻布のイタリアン。
しかし、来週火曜日までに企画書を仕上げ、
それを金曜日までに形にし、
7月1日にパリで打ち合わせ。ホンマかいなの急展開。
かくて本日、書いたのはメールとこの日記のみ。
原稿書かねば収入がないぞ、と……^o^;/~。


6月18日
朝イチでセンスの校正。そこで研磨機の会社社長に
急遽あいさつすることになった。
なんと、家から直線距離500m。引っ越したのは神の思し召しか。
早速カタログを某エンジニアリング会社に送信。
午後一で六本木。新雑誌の企画会議。
全日空ホテルに流れてモーターショーのガイドブックの打ち合わせ。
新雑誌の会社に取って返してMカメラマンと合流。
社長と意気投合して、明日の夕食のお約束。
しかし、来週の金曜日までに、企画書をまとめることになった。
安請け合いした自分が憎い……^o^;/~。
家に帰ったら、時差ぼけで疲れて、IRLのビデオを見たらバタンキュー。
忙しくて原稿書く時間なし。
嬉しいような、ちょっと焦るような……^o^;/~。


6月16日と17日
池辺ちゃんのクルマでル・マンからパリへ。
TGVで帰る林社長とYちゃんを駅まで送っていく算段だったが、 荷物が多すぎてタクシーを呼ぶ。
しかし、タクシーは昼過ぎまで来ない。
宿のマダムが、“それぢゃ私のクルマで”、とご親切。
無事に別れてメルセデスで高速道路。
2時間半でパリに着き、ラーメン食ってから、アプレモン、
という予定が渋滞で大幅に遅れた。
9時に出て、パリ着は1時、ラーメンと餃子を食って、
アプレモンに着いたら2時30分。
カード処理に手間取り、スタートしたら3時過ぎ。
18ホールを終えたら8時30分。
フロントのニイサンネェサン、帰りたくでウズウズしている。
ザブンと風呂に飛び込んで(アプレモンは日本経営で風呂付き、
その昔はカツドンも食えたらしい)、
池辺ちゃんのクルマでCDG。
ターミナルが1か2か分からず、流浪の旅。
エアフラはターミナル2である、といういうのが、本日の収穫。
ル・マン帰りの仲間とビールを飲んで、高速閉鎖で
間に合わないかと気をもんだYちゃんの到着を喜んで、
深夜時便。到着したのは17日の夕方18時だった。
成田で扇子の校正が上がっていると言う留守電確認。
明日の朝、校正をC社に持参。早くも和風のムードである。
成田エキスプレス、東京経由で9時15分の帰還。
再び、忙しい日々の始まり……^o^;/~。


6月15日
長い長いル・マンが終わった。
事前の下馬評どおり、当たり前のようにベントレーが1-2。
童夢は、健闘空しく7位だった。
しかし、予選で見せたスピードは本物。
第一、ベントレーに比べたて1/100とは言わないまでも、
予算規模が大幅に違うことを思えば、上出来。
さらに、通常、オイルを使うパドルシフトを
圧搾空気で操作する新システムで見事に完走。
経費を抑え、長時間の高速レースであるル・マンで
最大のネックと言えるギヤトラブルをなくそうという試みを
見事に成功させた功績は小さくない。
ともあれ、ル・マンは終わった。
IRL最速のインディ500、F1で一番遅いモナコGP
一端帰宅した後に舞い戻って世界一長いル・マン。
レーシング小僧冥利につきる1ヵ月が終わり、
明日から再び、現実の世界。
明日の夜の深夜パリ発の便まで、
さて、某若手ドライバーを誘って、なにをしようかな、と。


6月13日と14日
なんだかんだと、アッという間にル・マンがスタート……^o^;/~。
13日は、林社長、佐々木取締役、ベントレーの鮒子田さん、
解説のトムスの舘さんとムンクラの由良さん、ザウバーの池辺ちゃんたちと、
駅前のタルタルステーキ。
14日は、昼が25万円するベントレーのパドッククラブ、
夜は場内の立ち食いステーキ。
毎日肉を食って、体調万全であります。しかし、確実に太った。
日本に帰ったらダイエットモードに戻ります……^o^;/~。
しかし、今年のル・マンは、バカみたいに暑い。
夜9時30分、一端ホテルに帰って、シャワーを浴びて出直し。


6月11日
原稿1本書きかけて、ラジオのザモーの収録。
インディとモナコとル・マンを喋って一端帰宅。
中央特快とNEXで成田。
夜10時のエアフラで一路パリ。


6月12日
13時間かかって朝5時前にパリ。
ストを恐れていたが、私のためにTGVは動いていた(←違うと思う)。
ともあれ、パリで4時間待ってル・マン行きの5号車。
1時間30分ほどでル・マ〜ン。
タクシーで、まずはパスを受け取り、宿舎に行くが、対応なし。
仕方ないので荷物を持ったままサーキットへ。
今日の予選は19時から21時と22時から24時。
焦点は、童夢とアウディのLMP900クラスの先陣争い=3位争い。
長い1日。ピエールの放送を聞きつつ、
机に突っ伏して、高校時代を思い出しつつ転寝。
はぁ、ウタタネってこういう字だったのか……^o^;/~。
さて、深夜に行って、宿舎のかぎはうけとれるのかしらん?
結果は明日のお楽しみ……^o^;/~。

6月10日
夜10時に寝たら3時に目が覚めた。
仕方ないのでゴソゴソ起きて原稿1本。
5時頃、腹がへったので朝飯を自分で作る。ナニやってんだか。
焼きナスにショウガ醤油。大好物。玉ねぎと納豆の味噌汁。90点。
C社のノベルティの注文を黒沢に託して、みんなでラーメン。
“初富士”は、高校時代にわざわざ相模湖から食いに来た。
カツオ出汁の味にも感動したが、
薬味が玉ねぎなのは、私の知る限りここが最初。
浪人時代に衝撃の味だったそのラーメン、
代が変わって息子さんがやっているらしい。
う〜ん、25年ぶりのこの味! 真っ直ぐな麺も当時のまま。幸せ。
満ち足りた気分で夕刻の六本木泉ガーデンタワー。
フランスの美術館の貯蔵品を画像データで処理する会社で打ち合わせ。
データの優秀性を証明する一環として、紙媒体も作りたい。
“自分が大切にしているものをより多くの人に伝えたい”、
という基本概念で意気投合。
高度な内容が日本で売れなければ、拠点はパリで。
グローバルにいきましょう、と気持ちのいいスケール。
う〜ん、勉強せんといかんかなぁ。
近いうち、編集部員募集をするかも。心当たりの方は、お早めに。
狼少年より……^o^;/~。
それはともかく、明日(というより既に今日)出発する先のパリは
大々的な交通機関のスト中で、TGVも前面ストップかとの情報。
フム、夕刻のお仲間到着まで、
アプレモンで一人でゴルフかなぁ?


6月9日
ル・マン行きの打ち合わせをメールでしていたら、トンダ勘違い。
パリ到着がD社社長とほぼ同じだと思ったら、アリャマァ。
あちらは通常のフライトと同じ夕刻だが、こっちは早朝4時であった。
そういうことなら、単独でTGVしか手はない。
と言うことで、早くもお騒がせした2003ル・マンである。
第一、出発は12日到着なので、11日夜。
げっ、もう、明後日であります。いまからこれでは、
本番が待ち遠しい……^o^;/~。
夕刻、C社にノベルティの打ち合わせ。
概ね決まって一部請求書をお渡しする。
夕食用に海老とアボカドのサラダ。今日は60点の出来。
何だかんだとせわしない週明けだこと。


6月8日
栃木のホテルから岩槻経由で千葉カントリー川間コース。
久々の1.5ラウンドで疲れた。疲れたのでスコアは忘れた。
あ、バーディ1つあった。←だからなんだ……^o^;/~。
日本時間朝9時からのIRL第5戦でトラちゃん3位、ロジャーが9位。
世界のあちこちでドキドキすることが起きていた。
渋滞の中を2時間30分かかって柏インター経由で帰宅。
OCNのウェッブの原稿を書いてバタンキュー。
深夜に起きてFポンのテレビ。
金髪脇阪の勝利はメデタイが、小暮が勢い余って空を飛び、
ヘッドフェアリングがつぶれる際どいクラッシュに肝を冷やした。
ケガがなくて一安心。


6月6日
時差ぼけで早起き。したもののボ〜ッとして原稿が進まない。
無理に書いてもなぁ、という理由でメールや資料の整理。
気がつけば、午前中に電話するのを思い出した。
結果、急遽、商品見本を持参して方南町のC社。
うなぎをご馳走になって、話もとトントン拍子で幸せ……^o^;/~。
取って返して原稿の続き。夕食の後に一端ダウン。
そういうワケなので、深夜を過ぎて、やっと半分。
2本目にかかってまたまた眠くなり、
3時半に寝たら5時に目が覚めた。
はて、時差ぼけか年寄りの早起きか?
謎はますます深まっていくのである。
てなことほざいてないで、早く原稿、書けって……^o^;/~。
●業務連絡 メールが復旧いたしました。元のアドレスでお願いします。


6月3日と4日
●3日
パリのホテルで目覚めたら、土砂降りの雨。フテ腐れて二度寝。
思い直して10時に起きる。
セーヌ沿い、ルーブル美術館の隣のデパートで待ち合わせて、ランチ。
食ったのは、ラーメン……^o^;/~。
その頃から日が差し始め、ゴルフ日よりになっちゃった。
仕方ないので(←ウソ)、Mカメラマン、アグちゃんの友人M山さんとアプレモン。
午前中は絶好調で44回。しかし、午後は振り出しに戻る。
夜8時のANA便で成田へ。ストを心配したが、長距離便は無事だった。
●4日
成田に到着。その足でX誌編集部で打ち合わせ。
フランスからアメリカに戻る直前のアグちゃんに、
“夢”の話を電話取材。いい話が聞けた。
家族で焼肉・・・・・・あ、食っちゃったなぁ。
たまにだし、ゆっくり(自分なり)食ったのでいいとしよう。


6月5日
朝7時30分に出発して厚木経由大磯。BMW-Z4の試乗会。
渋滞で2時間以上かかって遅刻。
しかし、1時間しか乗れなかったが、Z4は別格の素晴らしさ。
オートマチックしかないとのことで、
本来なら、AT嫌いの私の眼中にないのだが、
こいつは別だ。エンジン音や加速フィーリングははもちろん絶品。
それより、オーバーレブ防止装置が実にリニア。
手動をセレクトしておいても、レッドゾーンの直前で絶妙にシフトアップ。
シフトダウンでヒール&トーを使いたくなるATは、
免許証が何枚あっても足らなくなりそう。
オジサンになんた私には、これくらいマイルドなのり味がいいかも。
もちろん、そは言っても、大人しくはずがない。
3リッターでも、自分のM3の2倍くらいは猛々しい気分にさせられる。
銀色のZ4、宝くじが当たって本を出し、それで儲かったら買いたいな、と。
その足で熱海のスパウザでジャガーXJの試乗会。
こちらは優雅。しかし、ターンパイクの下り区間でブレーキがなくなって、
ちょっと怖かった。安全運転第一……^o^;/~。


●業務連絡 メールが復旧いたしました。元のアドレスでお願いします。

6月2日
ニースから、フランクフルト経由でパリ。
ホテルをて出る時に、タクシーがなかなか来なくて往生していたら、
同じホテルの津川哲夫さんが、“反対に行くんだけど、時間があるから”、
と空港まで私設タクシー。助かった。
パリ毎度。到着して早速、待望のアプレモン。
スコアは忘れた……^o^;/~。
Mカメラマンのパリのお宅で夕食。
脂を落とした肉の煮込みがとってもうまかった。
トマトと卵の中華炒めも新しい味。かけうどんも嬉しかった。
深夜に、Mカメの事務所で、初めて高速インターネットを経験。
早いことはいいことだ。私には、使わない理由があるけれど。
パリで家に電話したら、弟に子供が生まれた、との報告。
5月30日にメールfaxで知らせたよ、と女房。
おい、KCOMさんよ、サーバーの設定変更はいいけれど、
外国にいる会員のことも考えて、“郵送で設定”の方法、
もう一工夫ほしいですゼ。
ともあれ、12歳年下の弟のこと。
二世誕生はなんとも嬉しい。女房が、“見に行ったら、
英治君にそっくりだったよ”というのを聞いて、
胸がジーンとした。電話したら留守電だったが、
言葉に詰まって、よかったなぁしか言えないのだった。
オヤジの一周忌が今月末、そこで親戚に報告もできるし、
ともあれ、めでたし……^o^;/~。

●業務連絡⇒メールサーバーの不調●
契約しているサーバーの増設のため、一時的にメールアドレスを変更しました。 私へのメールは、しばらく<racing@39-web.com>にお送りください。

6月1日
モナコの決勝。午前中にパドックで一仕事。
と言っても、昨日調達したタイヤがらみの土産に
ブリヂストンの浜島さんのサインをもらっただけ……^o^;/~。
ミシュランのドバスキエさんにもらえは完璧だったが、
ま、いいとしよう。
昼飯を、スタートライン裏のイタリアン、モナコで唯一、
グチャグチャ茹ですぎではない(?)美味しいパスタにありつける
“La Cigal Di mare”で、間瀬さん、H社のY部長と昼食。
考えたら、2時間前にホンダのモーターホームで
納豆定食を食ったばかり。控えてボンゴレのみ……^o^;/~。
1コーナー先の登り区間のコース際の亜久チャンのマンション。
モナコ湾に浮かぶ豪奢なクルーザーをバックに、レースを見る。
美女に囲まれ、シャンパンとワインを浴びて、
酒池肉林だ←かなりウソ……^o^;/~。
チェッカーと同時に一斉に鳴り響く汽笛に酔いしれて、
今年もモナコは暮れていくのであった。
夕食は、Mさん、Y子さん、Y美さんとニースのカレー。
ちょっと食いすぎ+だいぶ喋りすぎ……^o^;/~。



●業務連絡⇒メールサーバーの不調● 契約しているサーバーの増設のため、一時的にメールアドレスを変更しました。 私へのメールは、しばらく<racing@39-web.com>にお送りください。

5月31日
雨の予報がまるでウソみたいな青空。結局、午後になっても降らず仕舞。
しかし、午前中のフリー走行のバトンのクラッシュにはドキリ。
外傷なしの報告を聞くまでは、何となくブルだった。
バトンを除く19台が、モナコ湾にエキゾーストノートを響かせて
混戦を予感させる予選結果。まぁ、フェラーリがトップではなかったのは、
燃料を一杯積んでいるからではあっても、
それぞれの“戦略”が楽しめるれーすにを期待したい。
しかし、バトンのアクシデントの時、
琢磨が現場にスタンバイしてないことを聞いて、
なんだか???な気分ではある。
間瀬さんとニースの中華で軽く夕食。
明日に備えて早寝、と思ったら、明日までの原稿に気がついた。
明日まで、ということは、当然日本時間の話であって、
てことは、今晩中って奴ですかい?
昨日ゴルフをやったツケが早くも回ってきた……^o^;/~。


5月30日
モナコGPの休日。心配された天気もオッケー、青空の中を
朝8時30分に待ち合わせてカンヌのリビエラ・カントリー。
気分は最高、スコアも最高、いや最低とも言うか……^o^;/~。
3時に終わったらあめがポツポツ。明日も同じ時間にモナコが雨になったら
大荒れの予選だなぁ、と話しながらニースの木賃宿に戻る。
夕食は、間瀬明さん、Mカメラマン夫妻、吉田嬢と
ビルフランシュのハーバー沿いのレストラン。
久し振りにスープdeポアソン。要するにブイヤベースの煮汁。
カニミソの味がする“フランスの味噌汁”。
カリカリに焼いたパンに、ニンニクを擦りつけ、
マヨネーズとニンニクのソースを塗って、浮かべて食べる絶品。
というワケで、今日も食い物の話……^o^;/~。


5月29日
65ユーロのチケットをダフ屋から60ユーロで買って、
クルーザーの群れをコースの向こうに見渡すK席で予選見物。
1台ずつのアタックは、コースでナマで見ると確かに分かりやすいが、
なんだか物足らなさも残る。とは言え、タバココーナー先の
プールを囲むコーナーは、相変わらずの迫力だ。
夕食は、モナコから100kmほどマルセイユ寄りのお城跡のレストラン。
インディ500のトップ10を日本エンジンが
全〜部独占。オマケに、トップ3がブラジル人。
アメリカの面目丸つぶれ。
アメリカは一体嬉しかったのだだろうか、と言う話題になった。
過ぎたるは及ばざるが如し。
伝統やプライドを、影で支えるのが自動車メーカーの役目。
“貢献”という言葉を加味して初めての仲間入りだ。
と言う話題は、深く考えるほど、日本の立場は辛くなるか。
右ハンドルのストリームでホテルまで送ってもらって、
今日も爆睡。


5月28日
なにがガッカリと言っても、
フランクフルト空港の地下の中華がまだ閉まっていたことほど
ガッカリしたことはない。どうやら、しばらく閉店である。
ということは、月曜日にここからフランクフルト経由でパリに行く時も、
楽しみにしていた海鮮ラーメンにありつけないってことか。
あ〜、人生、真っ暗だぁ、でもないか。
ともあれ、無事・・・・・・う〜ん、まぁ、無事にニース。
ラッキーなことに、ホテルに着いて一人でメシに出ようとしたら、
熱田カメラマンが帰ってきた。続いて、津川さん、
原、金子の両カメラマン。ニースで一番うまいインドメシ。
捨てる神あれば拾う神あり。と言うわけで、今日の食事は、
結局プラスの勘定になった。めでたし。
深夜に、亜久ちゃんとバッタリ空港で会ったという吉田嬢も到着。
明日に備えて、バタンキュー。


5月27日
しばらくしたらホテルをチェックアウト、
19時前のフライトで、インディアナポリスから、
シカゴ、フランクフルト経由でニースへ。
フランクフルト空港の地下の中華を楽しみにしつつ。
到着は水曜日の深夜。
インディからモナコは、ハイスピードからテクニカル、
違う見方をすれば大衆のざわめきから貴族の世界へ。
またまた今年も貧乏を感じに行くのである……^o^;/~。


5月26日
朝9時からスピードウェイでウイナーの撮影会。
マシンとドライバー、チームメンバーがコースに並んでパチリ。
手を変え品を変え延々2時間。伝統はこうして作られる……^o^;/~。
撮影がひとしきりしたところで、
トラちゃんのエンジニアの岩下さんにテープを聞いてもらう。
1968年のホンダF1がここをインディを走った時の目撃者談。
2年前に、岩下さんと一緒に話を聞いてもらったけれど、
雑音で皆目聞き取れなかったのだった。
雑音の中から無事、聞き出せてめでたし。
ド・フェランのインタビューが終わったところで、
サインをもらう。自分の趣味でドライバーにサインをもらうのは、
実は生まれて初めて。何だかテレる。
IRLのY氏、トーチューのTちゃんと、一路、キーストンのシェラトン。
ロジャー一家+トレーナーのOさん、マネージメント会社のHさんたちと
チーズケーキ・ハウスでランチ。
ホワイトワインを頼んだらロゼが来た。
ま、いいかと飲む。その後、Tちゃんが注文したら、またまたロゼ。
Tちゃんは“頼んだのは白であってロゼぢゃない”と食い下がる。
と、ウェイトレス、渋々引き下がって白を持ってきて一言。
“だって、これ、白ではなくて黄色ですわ”。全員ギャフン!
しかし、だったらロゼはナゼ白なんだって……^o^;/~。
夕刻は表彰パーティ。10位までのトライバーには、リムジンの出迎えが付く。
ロジャーはレース終盤、あと3台、あと2台と数えていたそうだ。
晴れて10位、リムジンサービスで会場に乗りつけた。
もちろん、トラちゃんも長〜いリムジンで颯爽と登場。
かっこよかったのはサラ・フィッシャー、最新のBMW-M3ときたもんだ!
サーキットより美人に見えた……^o^;/~。
ヒコちゃん+ご婦人、タケゃん、くらもてぃ、IRLのY氏と中華。
大盛り上がりのまずさで、本日もめでたし……^o^;/~。


5月25日
朝8時にポリスの先導バスでホテルを出発。
ハンガリーの白バイ先導は凄まじかったが
アメリカはおとなしかった。
サイレンを鳴らすでもなく、渋滞のない裏道をスコスコ。
要するに、先導されてると規制された空き空きの道を通れる、
というだけの話。ともあれ無事、ブリックヤード。
コースのグルリを囲む道路の沿道に並ぶグッズ屋。
1973年ル・マンに出たシグマを見つけて早速ゲット。
インディでル・マンを買ってどうする。
しかし26ドルはただみたい。
コースに着いたらあと2時間弱でスタート、って、
何だかエンジンが掛からない。あたふたする間に11時が迫る。
何しろ外側で見たいので、グルリと延々歩いてスタンドへ。
インディのでかさを痛感する。
適当な階段を見つけ、オフィシャルが向こうを向いてる隙に
コソコソっと登り始めたら、“サー!”と呼び止められた。
ちょっとギクッとしつつ平静を装ってパスを見せたら、
オッケーぢゃないの。心配して損したぞ。
スタンドに上がると、壮大な眺めだ。人の数のエネルギーを再認識。
振り返ると、スタート10分前だっくちゅうのに
長蛇の列が延々とコースに飲み込まれている。
40万人は伊達ぢないか。
それにしてもアウト側で超高速バトルを眺めるのはスリル万点。
いつ、誰がスピンしてもいいという怖い状況で、
へっぴり腰で眼下のコースを見下ろした。
半分の100周が終わった辺りでプレスルームに戻る。
レースは長いようで短かった。
もてぎに続いてここでもクラッシュ多発、
イエローコーション10回以上。
そういう中で、トラちゃんがトップ争いを展開してくれて、
“日本人”を世界に認識させ、
ロジャーも新人離れした冷静さを見せてくれた。
信ちゃんとハッちゃんは“契約はここまで”と対照的だが、
いい知らせを待ってるよ、とエールを送る。
ペンスキーの勝利で、“チーム力”の重要性も今更ながら再認識。
アグちゃんが言ったように、
いろいろな経験かできて勉強になったレースであった。
これで原稿を書かなくていいなら天国だなぁ……^o^;/~。


5月24日
夕べ、合流した仲間とまずはホールofフェイム=インディ博物館見学。
すでに3〜4回覗いているが、今年もインディの歴史の厚さを痛感。
1時間ほど見物した後は、選手紹介を兼ねた公開ドライバーズミーティング。
1960年代に、オイルトリートメントの“STP”の御大として名をあげた
アンディ・グラネタリィ氏や去年のウイナーのカストロ・ネベスが登場した後、
階段状の席に予選グリッド順に座ったドライバーが33位から一人ずつ紹介され、
指輪を受け取る。この指輪は、予選終了時点にサイズ測られ、
予選通過者全員に記念として配られるイニシャル入り。
これでもか、という記念品やエンターテイメント盛り上げの行事は、
微に入り細2入り、という言葉がぴったり。
午後から、ランチボックス片手に路上の椅子(一人15ドル也)に座って、
ホンダのアメリカンレーシングの立役者の朝香さんとパレードを見物。
白バイ(こちらは茶バイだが)の曲乗りに続いて、
地元の高校を中心にした、ブラスバンドや山車、どてかいキャラクターの風船。
田舎っぽいけど何だか楽しいね、と朝香さんご満悦。山車の合間に、3台ずつ、
予選33位からドライバーがコルベットのオープンカーに乗ってやってくる。
まぁ、朝香さんの知り合いの多いこと! 当たり前か。
日本人4人や隣の朝香さんゆかりのドライバーに掛け声。
最後のカストロネベスはいまやトヨタ・ドライバーだが、
朝香さんに最敬礼。すかさず朝香さんは親指を下に向けて“応戦”。
これには2年連続ウイナーも万歳して大笑い。
ともあれ、全員、ビックリして朝香さんに最敬礼して大ウケだ。
それもそのはず。朝香さんはこうした催し初体験。
去年まで、レース前日と言えば現場で打ち合わせや会議の連続で、
こんな場所には来たことがない。
もしかして、今年のインディ500のパレードを一番楽しんだのは朝香さんかも。
隣で見物できて幸せ……^o^;/~。
一方、夕べフル充電したCANON IXCY DIGITAL400K電池が切れた。
単三ぢゃなくて専用バッテリーで万事休す。
しかし、同じ機種を持っていたHさんに借りたバッテリーで急場しのぎ。
皆さんのお陰で本日も幸せ……^o^;/~。
第87回インディ500は、確実に近づいている。当たり前か……^o^;/~。


5月23日
朝、I見チャンの出迎えでハイギンクティツリーGC。
A久里さんと、彼のメカニックの総勢7名。
スコアは天文学的だが、I見ちゃんと一緒なのでいいとするか。
夕方、インディアナポリス・モータースピードウェイでホンダの記者会見。
ロジャーと信ちゃんの本番への心意気を聞いて、
ますますレースが楽しみになった。
夕食は、地元の名産のホースラディッシュ(猛烈に辛い)の海老のカクテルと
油が抜けた美味しいステーキ。
朝飯がホットドッグ、昼がハンバーガー、夜がステーキと、
久し振りに肉の日……^o^;/~。
ロジャーが仕入れてくれた携帯電話、
説明書が全部英語だ、当たり前か……^o^;/~。
使えるようになるかどうか、ちょっと心配だったりする。


5月22日
インディのカーブディ。曲がってるから、ではなくて、
キャブレーションテストの日。
夕べ洗ったパンツと靴下、シャツも乾いて、気分も爽快……^o^;/~。
シャツにアイロンかけて、颯爽と、でもないか。
一人で朝食を食べていたら、隣のテーブルは、トラちゃんのご両親。
取材のためのパス駐車パスを無事受け取り終了。
しかし、トランク閉めたらドアにかぎが掛かるという摩訶不思議。
ロジャーのパパがトラちゃんのマネージャに助けを求め、
トラちゃんのメカの救援隊。なんとか解決して無事コースへ。
寒いはずのインディが汗ばむ暖かさ。
日本人もそれぞれ、予定のチェックを済ませ、
後は、いきなりスタートの日曜日を待つだけ。
夕食前にロジャーのアテンドで携帯電話購入作戦。
う〜ん、有利なのがなかなかない、というワケで、
ロジャーが明日、調達してくれることに。
ちなみに、日本では、“1分150円”なら安いというが、
こちらの常識は1分15円・・・・・・! 日本人はだまされている?
“アメリカから日本の携帯にかけるのは、
日本から携帯にかける方が高いんです”、ロジャー。
知らないということは怖いことだな、と。
B社のSさんに電話。モナコのパスをお願いして、まずは一安心。
明日は、チームオーナーのA久里さんと解説のI見ちゃんとラウンド。
トラちゃんのマネージャやヒコちゃん+の協力で、
1968年にホンダF1が走った時の写真が見つかるかも。
こちらに済むカツエ・グレイドバックさんが、
写真をお持ちの知り合いを坂してくれた。
さて、目当ての写真に到達することができますように。
荷物も届いて、新しいパンツに履き替えて、安息の夜である。


5月21日
10時に出発、H社で昼食の後、パパ・ロジャーを品川で拾って成田。
サンフランシスコからデンバーと経由してインディアナポリス。
20時間かかって到着したら荷物がこなかった。
キャディバッグは来たのに、肝心の荷物がこない。
着替えがないのでホテルに入って早速洗濯……^o^;/~。
空港でレンタカーのバスに乗ったら、“ゴールドカードのハンバーいますか?”、 というので、ヤスカワです、というと、同乗の客が、“ロジャー安川なら知ってるぞ”。
さすがインディ。コイズミ、と言って、知ってる人はいないだろうな、と。
ともあれ、ホテルに着いたらバタンキュー。


5月20日
原稿をかじりつつ、珍しく旅の準備。こういう時には忘れ物注意。
集中力が分散して、却って危ない。
出発間際にドタドタやるのが私の性に合っている。
夕方、八丁堀の首都高際の某所で面接。外に出たら土砂降りの雨。
ずぶ濡れで、スイスの友人からの電話を待つために喫茶店。
しかし、ナカナカ電話がこない。地下鉄に乗ってしまうと圏外になる。
仕方ないので頃合を見計らってタクシーで銀座。
花籠味で合流して舌鼓。板長の気遣いで今日は食いすぎなかったが、
精一杯注意してもやっぱり食うのが早い……^o^;/~。
B社のHさん、Kさん、Nさん(アルファベット順)がお隣。
こちらは、F1のMチームのY氏とSチームのI氏。
書ききれない裏話で盛り上がる。
大筋としては、日本を憂える話が多かったような。
ゆくゆく少しずつ、原稿のネタにするのでお楽しみに。
あっ、と気付けば終電の2分前。アリャマァ! 諦めてタクシー。
皆さん、カンパとお気持ち、ありがとう。
銀座から40分。家の近所の踏み切りで終電に追いついた。
高速道路、飛ばさなくても早い道、ってホントだな、と……^o^;/~。


5月19日
新たなデジカメ研究でアッという間に1日が終わった、でもないか。
しかし、今までの130万ガソに満足していたのがウソみたい。
400万ならいくらでかくしても大丈夫、でもないが……^o^;/~。
しかし、重くなると送信二時間がかかるのが問題。
WEB用なら軽くして使えばいいが、
印刷の領域まで手を出したツケがどこか出回ってくるに違いない。

回ってきたらご報告、ということで。
スイスの友人が短期帰国。明日、花籠味で夕食の約束。
食いすぎ注意……^o^;/~。


5月18日
起き抜けに原稿1本仕上げ、次男と大ちゃんのお別れ会。
本社の周囲を3周、それも延々途切れない凄まじい人。
列に並ぶと、親族から献花が始まった。
続いて、チーム・テレフォニカ・オビスター・ホンダの面々、
ホンダの関係者、レース関係者、ファンと続いた。
4輪ファンの私は、そこにいる最も大ちゃんから遠い存在だった。
自分から大ちゃんまでの遠い距離の間に、色んな人がびっしり。
大ちゃんの成し遂げたことの厚みを改めて知った。
1964年のお話を、二代目ホンダ社長の河島さんに申し込み。
有楽町2移動してソフマップでデジカメを買う。
300万ガソ以下では印刷に使えないと言われ、
某AS誌から、インディのデジカメ記を依頼を受け、
この際なので奮発した。CANON IXY DIZITAL400。
今までのイチキュッパから大進歩……^o^;/~。
なんだか能力が上がった感じがするが、これはいつもの勘違い。
まぁ、気は心、ということで。
帰宅して仮眠、のつもりが3時間たっぷり。
ゴソゴソ起きてメシ食って、21時からオーストリアGP。
う〜ん、見所はあったがイマイチ不完全燃焼。
しかし、フェラーリの新型、勝つには勝ったが、
言われているほどブッチギリにならず。
マクラーレンの新車が待ち遠しい。BARももう一歩の進化に期待。
それにつけてもトヨタの不甲斐なさ。
テレビの解説で、“ここは得意コース”と何度も言うが、
なにを持って得意なんだろう。
イニシャルセットを決めてサーキットに来て、
それでそこそこ走れないようでは、先が思いやられる。
このままでは底なし沼。抜け出すのは簡単ではなさそうだ。


5月17日
気が付けば、5月も半ば過ぎ。
というより、今年ももうすぐ半分終わりだ。
光陰矢のごとし、なんちゅう高尚な言葉が浮かぶ。
来週水曜日から、インディ→モナコと世界一周。
考えたら、一番速いインディカーと、一番遅いF1なり。
6月4日に帰国して、翌週には、一番長いル・マン24時間。
色んなレースがあるなぁ、ということで。
本日も、インディ500のプラクティスを横目でチラチラ、
気休めみたいにつらつらと原稿書きつつ夜が来た。
後留守の日本プロを見るのを忘れたが、
F1の予選はパーフェクTVでちゃんとチェック。当たり前か。
惜しかったのは、BAR。ヴィルヌーブが何度もミスして下位に沈んだ。
だが、マシン好調でヴィルヌーブが久々に熱くなった、
と思えないこともない。BARホンダは、ナカナカいい感じで、
スイートスポットに当たればバカ飛びしそうなムードだ。
しかし、そう簡単にいったんぢゃ、F1様に失礼ってもんである。
第一、ここから先が簡単ぢゃない、とも言える。
ともあれ、果報は寝て待て、というワケで、
圧倒的なはずのフェラーリが、ポールは取ったが
楽な展開ではなかった、ということもあって、
明日のレースが、大いに楽しみ。
インディとモナコにお土産に持っていこうと思ったフカヒレラーメン、
仙台に電話したら、番号が変わっていた。
インスタントでバカウマのフカヒレラーメン、
勝手に電話番号、変えないで……^o^;/~。


5月16日
某社のHPの昔の話が暗礁に乗り上げたまま。
昔のことなので、皆さん、お忘れ。
勝手なことも書けないし、かと言って、証人の話が聞けるまで待つ、
ってのもなぁ。しゃあない、予定を変更して、時系列の順番を崩そうか。
F1の予選、BARの上位に感心してたら、ジャガーが3位に食い込んできた。
フムフム、明日の予選が楽しみになってきた。
またぞろ、雨も降りそうで、ブラジルみたいに危ないのはごめんだけれど、
スペクタクルあふれる展開に期待しておこう。
パターの練習、都合6発入った。昨日は、1発入れるのに100回くらいかかったが、
今日は半分くらいでオッケーになった。
ということは、少なく見積もっても300発。
我ながら、凝り性な自分に感心……^o^;/~。


5月15日
タラダラとした1日。創作と言えば、昼飯に野菜の煮込みを作ったことくらい。
うまかったのでよしとしよう。
一応、某社の古きよき時代の日本のモータースポーツの原稿1本。
調べながら書くと時間がかかるのだ。しかし、いろんな発見があって楽しい。
キーホルダーのリングにゴルフボールを打って乗せるゲームを新案。
毎日乗るまでやる。強さと方向が僅かでもズレたら乗らない。
根気が要るけど面白い。息子とゲーム感覚で。
原稿の合間の気晴らしにぴったりだし。
反対か? パターの合間に原稿シコシコ、の方が正しいかも。
1ヵ月たったら、パターの達人になっている、はず……^o^;/~。


5月14日
12時に気が付いた。セサミスポーツ治療院の予約が12時だったことを!
1時に変更してもらって一路中央道。調布で降りて15分。案外近い。
近いのはいいけど、来週からの出張備えて今日の治療は痛かった。
痛んでいる所は硬い、しかるに緩めるために叩く。
理屈は分かる。しかし、容赦なくボコボコ叩く。
先生もアシスタントの女性も、サディストとちゃうかいな。
しかし、痛みを我慢しているうちに、だんだん緩んで、
もっとやって欲しくなる。あ〜、そこ、もっと強く〜!って、
知らない人が見たら、勘違いされそうだ。
イタキモチイタイ(どっちだ!)治療を終え、カーオブザイヤー総会。
今年は規則が変わった。媒体推薦のメンバーはいいのだが、
媒体推薦ではなく、実行委員会推薦の立場の20数人は、
30名の実行委員のうち20人から信任をもらう必要がある。
4月16日の投票の結果、私は、なんとぴったり20票。
我ながら“らしい”合格だが、規定に届かなかった仲間が10人も出た。
今日はその後初めての集まり。見えない顔が数人いることで気分は複雑。
イタキモチイイ治療が忘れられずに、入りでもセッセとストレッチ。
あ〜、もっといじめてほしい……^o^;/~。


5月13日
朝イチで中央道。大月経由で富士スピードウェイ。
新型レガシーの試乗会。
危ないので、サーキット走行は3セット計9周に留め、
もっぱら、インプレッサWRCバージョンのシュミレーションゲーム。
もちろん、危ないのは、サーキット走行が、ではなくて、
私がサーキットを走ること……^o^;/~。
何しろ、富士スピードウェイは連綿と続く転倒第一号の舞台なのさ。
最近は、君子危うきに近づかずを徹底しているので、
安全な日々が続いている……^o^;/~。
ところで、シュミレーションゲーム、素晴らしい出来だが、
悔しいことに、広報部のK氏が1分27秒台なのに、10秒も遅い。
やっぱり、実力者はシュミレーションぢゃダメだな。
ところでレガシー、気に入った。
まずは半端ぢゃなく徹底した軽量化思想。
そして、“プレミアム”という考え方。
安くできました、ではなくて、かけるところはきちんとかけて、
納得してお金を払っていただく、というこれまた徹底ぶり。
たくさん作って安く売れるクルマはメーカーにとっていいクルマ。
そういうクルマの対極に、
徹底したこだわりのこういうクルマがあるのがうれしい。
乗り味と“操安感”もグッド。スタイルも進化して、気になる1台。
帰りがけにオヤジの一周忌の打ち合わせで相模湖。
そこから一端帰宅して、中央線→有楽町線でベストカー編集部。
編集長と今後のモータースポーツを面白くするページ構成の打ち合わせ。
21日からインディ→モナコの世界一周の旅の旅程が決定。
そういえば、春の交通安全週間が始まっていた。
みなさん、気をつけよう、暗い夜道とオービスに。


5月12日
日付が1日遅れていた。インディ500の予選見てた時差ぼけ……^o^;/~。
トラちゃん7位、ロジャー11位は順当といえば順当。
トラちゃんは、“もう少し行けたので悔しい”ということだが、
いやいや、予選は“5位辺り”が一番のチャンス、というのが私の意見。
スタート直後の混乱さえ注意すれば、面白いレースを見せてくれるはず。
で、気付いたのは、“予選アタック組”と“レースセット徹底組”の存在。
例えばマイケル・アンドレッティは、はっきりとこう言った。
“予選ではなくてレースをやりに来てるんだ”。
それに対して、カストロネベスは、チーム共々、ポール狙い。
ここまでの流れでは、上位が偉い、というイメージが広がっているけれど、
どうして、レースになったらまた違う展開が見えてくる、ということだ。
例えばロジャー。順調に“水前寺清子”(三歩進んで二歩下がる)を進め、
これで予選アタックは打ち止め。これまでどおりをさらに深めて、
この後はレースセットに勤しむ構え。だからレースがますます楽しみ。
驚いたのは、中野信治の39秒台コンスタントの15番手。
トラちゃんも、「チームも、ドライバーも頑張らなければ、
あのスピードは出ないよ」と、ライバルの復活を歓迎していたとのこと。
後は、骨折した指の手術がうまくいった服部茂章選手が、
バンプデーでどこまで挽回できるか。
インディのノウハウをたんまり持っているAJフォイトのチームだけに、
これまたレースが楽しみ。
というワケで、時差ぼけのまま午後一にC社に扇子のアイデア売り込み。
完成したらプレゼントしてもらおう。
中野のC社から池袋のアムラックスでナディアの発表会。
“ユニバーサルデザイン”で作ったそうだ。
どんな条件の人が乗ってもいいように、徹底して考えたデザイン、
それが、“ユニバーサルデザイン”と言うらしいが、
天邪鬼の私は、“そもそもデザインてそういうもんぢゃないの?”、
てことは他のは手抜きでござったか?と思ってしまったのだった。
しかし、“ユニバーサルデザイン”とはよく言ったもんだ。
流行語になる予感。え? すでに去年辺りから話題になってる?
聞いたことないのは私だけ?
元々、いいと評判のナディア、新型を売ろうとすると、
あの手この手を考えなくちゃ。メーカーは大変だぁ。
帰宅したら机の上の郵便物の山の中に、不審な封書。
なんだろうなぁ???


5月11日
RX8の試乗会の会場のディスプレイに使われていた大量の鉢植え。
母の日用にもらってきたのを相模湖に届ける。
多少は親孝行……^o^;/~。買い物の女房を拾って帰宅、
オヤジの一周忌の案内状制作。
葉書スタジオに入れた住所が誤操作ですっ飛んだ。なんてこったぁ!
叫んでも後の祭り。
雨で延期されたインディ500のポールデイをインターネットでチェック。
さて、トラちゃんとロジャーに信ちゃんがどうなるか。
クラッシュした服部茂章選手は本日はドクターストップで見物組。
ダラーラは、ターンインで早めにインに付いてしまうと、
突然オーバーになるらしく、ハッちゃん、ルーエンダイク、AJW、
全員がその餌食だったという説がある。
何しろ、平均時速350km以上ってんだから尋常ではない世界。
スペクタクルは、5月25日の決勝前に、すでに始まっている。
日本人4人の動向や結果が、楽しみでもあり、心配でもある。
いまのところ順調なのは、トラちゃんとロジャー。
ロジャーは、“エンジンで2マイルアップ”の予言をピタリと決めるなど、
ジワジワと調子を上げている。ただし、まだまだ始まったばかり。
第一、昨日の雨でコースコンディションは激変したはず。
ともあれ、複雑なインディの予選方式が、徐々に見えてくるはずの
第87回インディ500である。


5月10日
富士桜カントリークラブでゴルフ。
ゆっくりスタートだったので、上がった4時過ぎ。
黒沢からアイデア扇子をの見本を受け取る。
完成したらのお楽しみ。
いよいよ最初の本番、深夜のインディのポールデー、
しかし、雨でお流れ明日に延期で肩透かし。


5月9日
河口湖でRX8の試乗会。またまたよくなっていた。
今日の試乗コースが、3速主体で走れるワインディングで、
RX8の得意な設定だったこともあるにしても、
とにかく気持ちのいいクルマだ。
210馬力仕様も250馬力仕様も、どちらもリニアな操舵感が気持ちいい。
インディの方は、またまたトラちゃんが2番手、
ロジャーもジワジワセットが決まり始め、中野信治の参戦も決待ったし、
あとは服部茂章にドクターOKがでれば完璧。
ポールデーまで後2日、今年のインディは、
“日本人”がインパクトを残した年として、記憶に残ることになりそうな予感。
明日に備えて今日は早めに寝る。


5月8日
箱根でシトローエンの試乗会。C5に乗る。海外出張で申し込み締め切りに遅れ、
1台だけなら、ということでご相伴に預かったのだが、1台だけではもったいない。
実は、1日勘違いして、明日のRX8とセットのつもりだった……^o^;/~。
帰りがけに箱根で打ちっぱなし。不調であった。
というワケで、明日も箱根……^o^;/~。
<br> <hr> 5月6日と7日
6日は何もなかったので本日はお休みだった……^o^;/~。
あ、ザッカーの原稿仕上げたので少しはあったか。
7日は、午前中に某サーキットのウェッブ用原稿にかかり、
午後から久々に吉祥寺のセサミスポーツ治療院。
治療の後は渋谷経由デ六本木ヒルズでボルボの発表会。
終わった後は、間瀬さんと人生談義。
ビール1杯、ワイン2杯の後、麻布十番のトウリュウで餃子とざーさいソバ。
2人で1万円弱はちょっと高級。しかし、それだけうまかった。


5月5日
子供の日であることを忘れていても、お隣さんからチマキをいただく。
親はなくても子は育つ……、てゆ〜か自分も子供だし……^o^;/~。
ザッカーの原稿をツラツラ。合間に昼寝とレーシングパブの書き込み。
夜中にトラちゃに週刊東京ウォーカーの電話取材。
初めてのインディを楽しんでいるようで、いい感じ。
「最後まで粘っていいレースを」という余裕の発言がまたgood。
ジワジワと我慢を続けて、最後の最後にガツッと行く。
「チームの地元だからみんなイキイキしてますよ」、
というのも嬉しいコメント。トラちゃん、いい話をありがとう。
続きは、5月20日発売の東京ウォーカーで。
ともあれ、オーバルの極地の醍醐味を、
今年も超高速超ロングランが見せてくれるはず。
特殊なオーバルの中でもさらに特殊なインディアナポリス。
トラちゃん、ハッちゃん、ロジャーの3人の
それぞれのインディ500がどうなるか、今年は特に興味津々。

そういえば、昨日作った(発明した)“緑とえびのサラダ”は好評だった。
タラの芽とえびを茹でアボカド賽の目。ニンニクスッて、
レモンを絞って塩胡椒+オリーブオイル。自信作。
今日の天ぷらは、まぁまぁだった。


5月4日
8時に出る予定がズルズルしているうちに9時出発。
中央道に八王子から乗ろうと思ったら、数km先から渋滞と聞いて、
今日は東名周り。厚木から大井松田まで行って足柄越え。
3時間コースなので、まずまずか。弁当食って一通りピットを覗き、
スタートをスタンドから見物。数種したところでヘアピンに移動。
しばらく眺めて最終コーナーに移動。 その昔、ムーンクラフト時代の宮坂エンジニアと並んで見物したWEC。
当時のターボグループCカーの最終コーナー立ち上がりは、迫力満点だった。
時速250km/hのカウンターステアで立ち上がっていくマシンの後姿。
カッコイイナァと見とれていたら、宮坂さんの叫び声。“危ないっ!”。
ギョッとして振り返ると、コースアウトしたピンクのリヤカウルが、
視界を覆うようにこっちに飛んで来るぢゃないか!
ギャッと叫んで後ずさりしたその次の瞬間、
伊太利亜ポルシェが裏返った状態で、金網の上にドシャッと落下。
運転していたのは、S.ヨハンソンから交代したF.アリオーだった。
アリオーは無事だったが、なぎ倒した金網は、
まさに私がつかまっていたその部分だった。
宮坂さんが叫ばなければ・・・・・・。
友人は言った。宮坂さん、余計なことをしたな。
冗談こくでネェって、ホント、怖かった。
その事故以来、金網は二重になって、私が立っていたところにははいれない。
しかし、3mほど遠くはなっても、最終コーナーは、
相変わらずの迫力であることを確認。
富士のレースは、最終コーナーを観戦ポイントとしてお奨めだ。
スタートを1コーナーで見て、ストレートを戻ってピット作業を見物、
トンネルでストレートを潜ってヘアピンを横目で見ながらAコーナー。
というのも、欲張りな私の、その昔の感染ポイントでした。
ただし、Aコーナーぢゃなくて260Rと100Rだったけど……^o^;/~。
スペインGPは、単調なレースになるかと思ったら、
アロンソの大活躍で最期まで面白かった。


5月3日
9時に宗一郎と出発しようとして気が付いた。
まだ、スタッドレスだった。
迷った挙句、交換。45分で完了したら、左の前後が反対だった。
え〜いままよ、次の機会までこれで我慢して出発。
高尾から早速大渋滞始まる。
相模湖経由で富士に付いたら2時だった。
実家で洗車もしたので仕方ないか。
既に予選だというのにかなりの人。
富士のO氏によると昼の時点で去年の1.5倍。
明日はどんなことになるのやら。
大入りけっこう、家族連れもいていろんなファン層またけっこう。
しかし、またまた気になるキャンギャルのレベル。
下着で外を歩くような、子供に見せられないようなだけは勘弁してね。
ドレスコードを決めて取り締まるべし。違反したら
私が個別にお仕置きだ……^o^;/~。冗談ともかく、放置したら
どこまでエスカレートするのかわかったもんぢゃない。
数年前、auがキャンギャルに看護婦のかっこさせたことがあった。
真面目に、とは言わないが、節度っちゅうもん、知らんのか?
と、今回もキャンギャルのことになっちゃって、アンタもしかして、
キャンギャル好きなんぢゃないの? と問われれば、
否定せずに先を急ごう……^o^;/~。
スープラが速すぎる。
そもそも、自然吸気エンジンのNSX救済のはずの
規則を見事に読みきったトヨタ陣営が、
5163ccというどでかいV8で圧倒的速さ。
しかし、何があっても活気があればそれでいいのだ、明日も来よう。
帰宅して9時からスカパーでスペインGP予選。
某理恵ちゃんちの予想(↓)でアロンソ一押しの私としては、
<http://edge.tsano.net/rie/yosou/yobbs.cgi>
なかなか楽しい予選であった。

※ベストカーの記事を見た、現在3連勝中の某Fポンドライバー
(すでにゼンゼン某ぢゃない)からメール。
“読んで非常に腹が立ちました”。読み返してみた。
「キャンギャルに囲まれてチャラチャラしているFポンドライバー」、
これぢゃ“全員”と取る人もいる。言葉が足らなかったので、
本日富士で陳謝。もちろん、言いたかったのは“全員”ではなくて、
一部(とはいえほとんど)のこと。ここから外れるのは数人しかいないけど、
ともあれ、言葉足らずは確かなのでごめんなさい。
文章は難しい。


5月2日
緊張で4時に目が覚めた、ってほどでもないが、相変わらずシャキッとしない。
締め切りがある日は尚更……^o^;/~。そして本日、胃カメラの日が重なる。
9時10分から、と細かい予約時間に、今日は待たずに済むと思ったら、
呼ばれるまで30分……^o^;/~。まいいか。
喉の麻酔でうがいするだけですでにゲボゲボ、先が思いやられる。
その先はてぇと、それはもう大変! 胃を弛緩させる麻酔の注射。
針が刺さった瞬間、・・・・・・から先はゼンゼン覚えてない。
要するに、部分麻酔が全身に効く便利な私……^o^;/~。
寝てる間終わってた。そういや、前回もそうだった。
素直なことはいいことだ。
で、多くの方にご心配(ご期待)いただきましたが、
重度の精神異常でした←嘘。行ったのは胃腸病院だろうてっ。
胃の左の壁にどでかい大量のミミズバレがあり、
それを直すべしとのこと。え、手術? という私に初老の医者は首を振る。
では、薬? またまたちゃうちゃう。あんた犬かい? 
そういや、プードルみたいな顔だったな、関係ないか。
一言で断定していただいた。「おいしいもの食べ過ぎです」。
悪質腫瘍ではないとのことで一安心。でも、異常は異常。
特に、お仲間には書き込みをたくさんしていただきなさい……^o^;/~。
血液検査は中性脂肪過多。が、以前は通常3倍くらいだったはず。
今回の数値は倍だったので正常だ(違う←断定)。
プードル、いや、お医者さんは眉間にシワを寄せて、
“今度10月に検査しますので、74kgの体重を64kgにしてください”。
冗談に決まってます、よね?
入院だったらどうしようかとかなり真剣に考えて、
また前頭葉の髪をむしって、またまた前髪が少なくなったような気がする。
今日は、風邪の具合もそこそこ。
ともあれ、みなさん、ご心配いただき、ありがとうございます。
医者も言ってますので、どうか書き込み、よろしくお願いします。
ウソ(↑)です。←分かるって!
朝日ニュースターで徹子の部屋の再放送をやっていて、
最後の3分だけ見ることが出来た。
しかし、ますます見たくなっただけだった。


5月1日
気力が少し戻ったので原稿。昼過ぎに散歩がてら買い物。
そういえば、昨日、随分前に注文しておいた本を受け取った。
元マツダの、ロードスターの生みの親のタチバナさんの
“なぜ、何故日本車は愛されないのか”。
話の分かる幅広い立花啓毅さんが書いた本なら面白いに決まっているが、
タイトルが気に入った。読んでみたら思ったとおり!
いちいち書かれていることに同意見。
しかし、そうそう、うんうん、と思う毎に、
そのこと自体は情けないので、どんどん悲しくなった……^o^;/~。
書いているのはクルマのことだが、その向こう側から
“みんな、日本はどうかしちゃってることに気付こうよ〜”、
という声が聞こえる本だった。
午後1時30分からの“徹子の部屋”を見逃したのが本日の汚点。
今回のゲストは、右京だった。
こういう場の右京ちゃんはの物怖じしないトークは絶品なので、
明日にでも連絡して、ビデオを見せてもらおうか。
明日は胃カメラ。さて、どんなお達しが待っているやら。
何より、夜9時以降、飲めず食えずが辛い……^o^;/~。


4月30日
カレー作りの疲れが出た←ウソ。
体調は小康状態だが、悪くない。
夕方、高校の同級生の黒沢来宅。
ひとしきりだべって風邪をうつして帰っていただく。
コースを紹介してもらったお礼のスイカを半分置いていった。
季節はずれもスイカはうまい。しかし、
うちではスイカを夏しか食わないことにしていたのだった。
息子達の“スイカは夏のもの”という常識を奪いたくないので。
なんちゃって、実は、スイカが大好きで、際限ないので女房に言って、
我が家でスイカは夏に限る、と決めているのを忘れていた。
たまにはいいか。
夕食は、BスポーツのH会長に紹介してもらったトンカツ屋。
やっと見つけたら定休日……^o^;/~。
仕方ないので、近所のお好み焼き屋。
近所なら酒も飲めるし、よしとしよう。
世間が休みのせいか、なんだかエネルギーが空間に存在しない1日。
電車だけが今日も休みなく往復している。電車は偉い。


4月29日
昨日の疲れで1日寝る。夕方起きだしてシーフードカレー。
カレーを作るのは初めて。玉ねぎのみじん切りをジックリ炒め、
じっくりやってたら、カレーつくりがクセになりそう。
というワケで、本日の創作は、カレーだけ……^o^;/~。


4月28日
熱っぽかったが体調まぁまぁなので相武カントリーでゴルフ。
考えたら1月ぶり。精進が足らない……^o^;/~。
しかし、世の中甘くないことに気が付いた。午後から熱が出た。
昼のビールがまずかったか←飲むなって!
フラフラと夢遊病者みたいに回る。
しかし、それが言いワケになったのでよかったか……^o^;/~。
足を引きずって家にたどり着く。着替えて薬を飲んだらダラ〜ッと汗が出て、
一気に直った(直ってないって)。
そういえば、ストレッチの効果絶大。ドライバーが激飛びするようになった。
スコア? 風邪だったのでつけるの忘れた……^o^;/~。
25日発売のベストカーがやっと届く。八王子は到着が遅い……^o^;/~。
ところで、世界中の2輪カメラマンから笑顔の写真を集めて、
『笑顔』というタイトルの大ちゃんの写真集を作りたくなった。


4月26日
起きあがるのがやっと。1日フラフラしながら、Fポンの予選を見る。
2位以下がコンマの差でひしめく中で、本山は2位の土屋を0.6秒ぶっちぎり。
別格だ。これでさらに熱が上がって?原稿にかかる。はかどるはずもない。
夕方には何とか持ち直して、高校時代の双子の同級生、
友田のお袋さんのお通夜。荒井にクルマで出迎えてもらって日野の斎場。
家でお茶して分かれる。今年は気の合った仲間を集めてキャンプでもやるか。
夕飯時にチュウハイ。久々なので効く。一端寝て、夜中に起き出して原稿。
やることないのではかどった……^o^;/~。

4月27日
夜中にうなされて起きる。と言っても、うなされて笑って起きた……^o^;/~。
昨日より数段調子良好。しかし、食欲はあるが咀嚼がわずらわしい。
何とか食って、またもやごろごろとしたた1日。
午後からFポンの実況。久々に引き込まれる素晴らしいトップ争いだった。
アロエヨーグルトがうまいことを発見した。
明日のゴルフ、なんとか参加はできそうだ……^o^;/~。

早寝したら3時に目が覚めた。なんとなく気になってメールチェックしたら、
送ったはずの原稿が届いてないと緊急連絡。チェックしてよかった。
気を付けよう、送ったつもりの昔のアドレス……^o^;/~。


4月25日
なんと、ビッタリのタイミング、医者に行ったら風邪ひいた……^o^;/~。
近所の胃腸病院は、さすが八王子の親切さ。院長自らバリウムで胃カメラ。
“フム、左下に嬉しくないものがみえますね”。ということで来週金曜日に内視鏡。
何だか一人前になった気分だ。なんていってる場合ぢゃないか。
ダルさでゴロゴロしていたら、どうやら熱が出てて来た。
ピタットシートをおでこに貼って、本日の書き込み。
なぜだか理由は分からないけど、私の場合、なぜだか貼りやすいな。
しかし、集中力が続かない。って、いつもとj同じ気もするが……^o^;/~。
待てよ、熱が出たのは、パパ・ロジャーが教えてくれた
アンドレッティの空中飛行の凄まじいビデオを見たからかも。
熱が出てもいいという方、こちら(↓)でどうぞ。
金網よりはるかに高く飛んでます。http://www.wthr.com/
インタビューの項目が、何度もリプレイするので分かりやすいかも。
これで、開口一番“女房には内緒にしてくれ”だもの!
アントレッティをますます尊敬しました。マジ、凄い!!


4月24日
朝寝3時間で吉祥寺のスポーツ治療院に向けて出発。
が、体調不全で体力を使うのはどうかと思い直してキャンセル。
ドタキャン深謝の電話口で先生が、“潰瘍なら激痛。
今の季節によくあるやつかも”。口が渇いて過食気味などの症状がぴったりだ。
そうと聞いたら元気になった……^o^;/~。
出直して、神保町経由で京橋。ポスター/ステッカーの企画ご提案。
うまくいきますように。
途中で高校時代の友人チャーチから、八王子在住の友田のお袋さんの訃報。
土曜日の通夜に行くことに。親が旅立つ年頃だなぁ。
一方、はるかアメリカのインディアナポリスでは長いインディ月間が始まって、
なにやら話題がテンコ盛り。ロジャーがルーキーテスト合格を皮切りに、
トラちゃん好調と思いきや、なんと服部茂章トップタイム!
マリオ・アンドレッティがもてぎで怪我をしたカナーンの代役で走ったと思ったら、
クラッシュに巻き込まれて空を飛び、トーマス・シェクターも第クラッシュ。
大荒れの本番へのハートチューニングのための第1幕のスタートである。
さて今年のインディ500、どんな具合に盛り上がるのだろうか?
明日の胃腸の検査に備えて9時以降飲食ご法度。
だったら私の場合、寝るしか我慢する術はない……^o^;/~。

深夜に加藤大治郎の番組2件。
大ちゃんと一言二言話をしたことがあるだけでこれだけ切ないということは、
あんなに素晴らしい笑顔にもっと深く接していた人たちの悲しみはいかばかりか。
笑顔と天才と。まるで反対の現象がとっても自然に解けていた人だった。
大ちゃんの笑顔をもっとたくさん見たくなった。


4月23日
いつもなら2〜3日で直る腹痛が、すでに2週間もズルズルと続いている。
胃か十二指腸辺りの潰瘍か。医者嫌いと言ってられずに近所の胃腸病院。
3時前に言ったら、“午前中で終わり”であった。“明日は何時からですか?”、
と聞くと、看護婦さんが、“あら明日は休診日”。よほど縁がない。
“明後日、来られるなら夜9時頃から食べたり飲んだりせずに来ていただければ、
いろんな検査ができますから”。ハイハイ、仰せのとおり、明後日の朝出直します。
時差ぼけと企画書との格闘で、窓の外が明るくなった。
この努力を分かってくれれば企画書は通る・・・・・・ってほど世の中甘くない……^o^;/~。


4月21日と22日
正午にボローニャのホテルを出て、ボローニャ空港から2時のフライトでフランクフルト。
中華が相変わらず工事中だったので、隣のドイツメシ屋でアイスバイン(豚の足の煮込み)。
8時30分のフライトで成田まで11時間少々。
空いていたから横になれただけ幸せ。
イデアの佐藤カメラマンに木場まで送ってもらってバイブリンゲンでマイカー受け取り。
車検が上がって一安心。空いていると八王子までゆったり走って45分。
朝のホテルとフランクフルトのラウンジと機内でつらつら書いた原稿を仕上げて送信。
郵便物をサラリと確認、トーチューをチェックし、
フジテレビのサンマリノGPを見ながらうつらうつら。
開幕戦よりはるかにマシになっかたな。
しかし、キャスター2人とジローラモさん、何しに行ったんだろうか?


4月20日
心配された雨はとうとう降らず、しかし、そのお陰で
スペクタクルをほとんど感じられないサンマリノGPであった。
今年のF1、面白くなったのは、規則変更のせいではなくて、単に雨のお陰だった?
まぁ、バリチェロがラルフ・シューマッハを追撃したそこだけが見所。
とはいえ、まるでサービスエリアのガソリンスタンドで給油するがごとくの、
落ち着き払ったピットワークにも助けられ、完璧な勝利を飾ってシューマッハが、
前日に母を亡くしていたことを思えば、記憶に残るレースではあった。
しかし、今年のイモラはいつもの赤い熱気が感じられなかったが、それは、
イースターのせいらしい。長期休暇でみんなどこかに行っちゃって、
ちょっと寂しいグランプリだった。
ところで、トヨタのレリースを見てなんともはや、という気分になった。
“ヨーロッパラウンド初戦 サンマリノGPで2台完走 信頼性に自信”。
これがタイトル。なんだか気恥ずかしい。
本文にはこうあった。
“予選10番手からスタートしたO・パニスが、絶妙のスタートで一気に7位”。
“12周目に他車に先駆けてピットストップ”・・・・・・。開いた口がふさがらない。
正確には以下のようなことだったからだ。
“軽い燃料でなんとか予選10位を奪ったパニスは、軽さを利して当然のごとくスタートでジャンプ。
しかし、僅か12周でピットインしなければならなかった”。
また、“惜しくもポイント獲得目前の9位でチェッカーフラッグを受けた”ともあった。
しかし、参加している20台のうち、ワークスと言われるのは、
フェラーリ、マクラーレン、ウイリアムズ、ジャガー、BAR、ルノー、トヨタの合計14台。
そこで9位を“ポイント獲得目前”と言ってしまう厚顔無恥。なんだかなぁである。
こういうところからF1のクォリティの高さを伝えていただけるように、
切にお願いしたいと思った次第。フジテレビ共々、こんなことぢゃ、
いつまでたっても日本に正しいF1は伝わらないゾ、と。


4月19日
サンマリノGP2日目。ボローニャの空は、青空は見えるものの、
白い雲が勢力を増し、なんとなく下り坂。
しかし、結局、昼過ぎにポツリポツリときただけで、ドライの予選。
今回はシューマッハの気合充実。3戦までのようなミスは期待できそうにない(?)。
ウェーバーがまたまた上位に訓込んでいるけれど、これは軽い燃料のせいか
BARはまずまず、トヨタはもう一歩のグリッド。
明日のレースは、雨の確率60%という予報。
ドライ路面で、正々堂々、ポテンシャルの差が出るレースを期待いしたいが、
そうなると、強い奴が強いという当たり前の結果になって、
無責任な外野にとっては面白くないレースになるかなもなぁ。
ともあれ、ヨーロッパラウンドの開幕戦となる明日のレースは、
ここまで勝てないフェラーリにとって、3戦目で勝利を取り戻したブリヂストンにとって、
上り調子のBARホンダにとって、発ポイントを目指したいトヨタにとって、
いろいろな意味で重要なレースになることだけは間違いない。

加藤大治郎選手、安らかに。


4月18日
朝、空港でレンタカーをピックアップしてイモラ。
レンタカーといえば面白い話を思い出した。
国際免許の期限が切れていた。AVISのお兄さん、
日本の免許ではガンとして貸してくれない。
同行の友人が、“ホテルに帰れば、期限切れかも知れないけれど、
オレのがあるよ”と言うことで、まずは微かな望みを託して一路ホテル。
タクシー待機の私に、部屋から戻った彼はニコニコしながら、
“来月まであったからバッチリだよ”。一安心して、空港に引き返し、
AVISのお兄さんにハイ免許。お兄さんにっこりして、オッケー待ってろすぐ処理するぺ。
ゲッ、何の気なしに免許証を見たら、4カ月前に期限切れぢゃねぇの!!
しかし、お兄さん、全然疑う様子もなく、契約成立。
見事、レンタカー借り出し成功。
“敵を欺くにはまず味方から”、という言い伝え、こんなに見事に効くものか。
それ以後、“彼”のいうことをは信用しなくなったのは言うまでもない……^o^;/~。
イモラは快晴。フェラーリ復調、BAR好調、トヨタ不調の初日。
東京は24度で夏みたい、というニュースを聞いた。イモラも汗ばむいい天気。
明日の予報が雨なんて、とても信じられない青空の下、
今年もセナ像にご挨拶。何時見ても、寂しそうなセナだった。
明日天気になぁれ!!


4月17日
6時30分に出発、木場のバイブリンゲンにクルマを預けて成田。
来週火曜日の帰国までに車検終了。まずは諸費用8万円。
海浜幕張からバス、と思いきや、時刻表の谷間だったので、
電車で行くことにする。新木場で舞浜、乗り換えて西船橋→船橋
乗り換えて京成船橋で成田=2時間,。やっぱりクルマの方が便利だな。
約12時間でフランクフルト。それにしても全日空の座席は狭い。
フランクフルトでボローニャ行きまで5時間待ち。
まずは、ウインドウショッピングで時間をつぶして、
地下の中華で暇つぶし、と思ったら、BOSSのショップで“山口さん”。
振り向けばH社のハシケンさん。何たる偶然。
無人島で救助船が来てくれたように嬉しくなった。“早速中華”と提案。
しかし、“工事中で閉まっていたよ”と切ないお答え。
いいことがあれば、悪いことがあるワイ。
結局、ラウンジに潜りこみ、18時のJALで到着した木内さんと合流。
話が弾んでアッという間に時間が過ぎた(でもないか)。
ボローニャのホテル・ドナテッロにタクシーで深夜に到着。
バタンキューで、明日に備え、ボナノーテ。


4月16日
昨日申請した教育資金の融資のご案内の速達。
国民金融公庫の素早さにちょっと驚きつつ、
午前中に原稿1本書きかけで中央線の特別快速。
2時から有楽町の国際フォーラムでホンダ・エレメントの発表会。
なんだかいつもより、こういう場面に顔を出さない業界関係者が多い
と思いきや、ナルホド、その後、銀座でカーオブザイヤーの実行委員会。
“奇跡の20票!”という電話が来たのは、
家に着いてしばらくしてからだった。
今年から2/3の信任票がないと通らない、という少々無茶な関門。
実行委員会が30人なので、20票はドピッタリの大当たり!
賞品、ないのかな……^o^;/~。
結果、選考委員が59人から48人になったことから考えて、
私が残ったのは、だから“奇跡”。
自分が通ったのは嬉しいが、仲間の墜落で複雑な気分。
書きかけの原稿を前にして、なんだか浮かない夜である。


4月17日
ただいま、成田に向けて出発。フランクフルト経由でボローニャ到着は、
現地時間の深夜。あ〜、飛行機、乗りたくねぇ。
ともあれ、行ってきます……^o^;/~。


4月15日
のんびりしていたら、新たな特急原稿依頼で突然忙しくなった。
明後日のサンマリノGP出発までに、1日1本と思っていたのに、
調子が狂った。調子が狂うといいのが書けない←と人のせいにして、と。
午後から、セサミスポーツ治療院。
1週間ぶりの治療で、またまた柔らかくなりましたね、
と誉められて調子に乗った。ストレッチなしでは生きていけない私……^o^;/~。
そのまま神保町で打ち合わせ。帰りに北京亭。
本場の家庭料理は、ニラレバも別格のウマさ。
中央ライナーで1時間で帰還。原稿が気になって寝つけない。
寝てる場合ぢゃないきもするけど……^o^;/~。


4月14日
朝6時に起きてマスターズの実況。
知らない人の大逆転劇は成らず。余り知られていないけれど、
ツウ好みのマーク・ウィアーが初のレフティウイナーの栄光。
いつ見ても、マスターズのコースは、きれいだけど、やりたいとは思わない。
グリーンはツルツルに刈り込まれていて、ハイレベルのボールをキッチリ打たない限り
何度打っても池まで転がっちゃって、下手したら永久に帰れないかも……^o^;/~。
もてぎに続いてすさまじい戦いを観たので、
いつにも増してボケ〜っと過ごす。
一応、原稿1本書いたけれど、仕事をした気がぜんぜんしない。
社会復帰はいつのことやら。


4月13日
壮絶なもてぎであった。イエローコーション実に8回。
去年のCARTの時は、確か100周くらいまでイエローが出ず、
不謹慎ながら“なんだか中だるみ”、と思ったものだった。
ピストン西沢さんを誘ってM3に7人乗りして2コーナー。
昨日までの雨が快晴になった分だけテンション上がりまくりでスタートを待つ。
その状況で、気温が上がると不利と言われたGフォースで快走のトラちゃん。
レースもハナからテンションが高かった。
まずはトラちゃんの快走にスタンドが沸いた。
2コーナーに歓声響いていい気分。
しかし、そのトラちゃんが後退した辺りから、
次から次へとフルコースコーションが飽きもせずよく続く。
緊迫が途切れることがないレースだったが、
ロジャーがそれにはまっちゃったのはガックリ。
これから作戦をうまく働かせ、ジワジワといくかな、と思ったところだったのに。
最初のイエローの原因になっタアレックス・バロンの接触で、
破片がロジャーのタイヤを直撃、ハンドリングがおかしくなった。
4度目のフルコースコーションの原因は、なんとロジャー本人!
それも私の目の前だもの! 1回目のピットインを境に、
ロジャーの様子がおかしかったが、実は、
バロンのアクシデントの破片をタイヤに食らった影響だった。
ショックで足回りがおかしくなっていた。
オイオイちょっと待てよ、バロンて第2戦目まで
ロジャーのスポーッターぢゃんか!
第2戦でクラッシュ欠場のド・フェランの代役でステアリングを握ることになり、
ロジャーのスポッターが後退する、という経緯があった。
なんとも皮肉な巡り合わせ!
再スタートの1コーナー、スタート直後に比べて
なんとなく元気がなくなっていたロジャーを注視。
ピントがぴったりロジャーのマシンに合ったその瞬間、
マシンがヨロッとふらついた。ギャッと悲鳴が上がってしまった。
必至のカウンターステアが静止画みたいにまぶたに焼きついた。
ヤバイッ!と叫んだ次の瞬間、マシンは横を向き、
マールボロ・カラーのカストロネベスが絡みついて
真っ直ぐこっちに向かってきた。正真正銘の真っ正面!
“オーバルは向かってくるマシンの正面から見るのが一番!
といういつもの説を、パパ・ロジャーとのトークショーで、
数時間前にも言ったばかり。なんてこったぁ!
しかし、幸い怪我ももなく、一安心。
ロジャーには、持ち前のプラス思考でこれを乗り越えて、
5月25日のインディ500に邁進して欲しい。
しかし、本当に、オーバルレーシングは水前寺清子である。
“三歩進んで二歩下がる”。これをせっかちの日本の周囲が
どこまで理解することができるか。またもやトヨタが勝っちゃって、
苦虫つぶしているH社の面々の理解を期待して、
5月末まで延々と続くインディ500月間を見守りたいな、と。


4月12日
マスターズ初日が雨で中止、大リーグにも雨が祟って、
ついでにもてぎも雨の心配。ウ〜ム、世界中が雨模様(でもないか)。
しかし、夜が開けて見上げた空に明るい日差し。
午前中の走行は予定通り行なわれ、なんだか拍子抜け。
そうとなったら、2コーナーで予選見物だ。
しかし、世の中そうは甘くない。6台が走った時点でポツポツと来て、
やがては土砂降り。予選は中止、昨日と、
今日の午前中のフリー走行のタイムでグリッド決定。
トップは開幕戦優勝のスコット・ディクソン、
2位が第2戦ウイナーのトニー・カナーン
強い奴は強いってことか。
予選がなかったのは残念だったが、トラちゃんの3番手が明るい話題。
ただし、明日は、23度くらいの暖かさが予測されている。
トップのディクソンとトラちゃんはGフォース・シャシー。
気温が上がるとやや辛くなるかも。
一方、ダラーラ・シャシーのロジャーは、
セットを決めるのに手間取り、アタックのタイミングもなく、15番手。
アグリ監督は、“セットが決まらなかったという事情はあったが、
誰かがポールを取っている”となかなか手厳しい。
“とはいえ明日のレースは200周と長いので、
いいレースをしてほしい”。ロジャーも、
“気温が上がればチャンスあり”と思いは明日へ。
明日、天気になぁれ!


4月11日
ジャンカルロ・フィジケラのブラジルGP優勝、おめでとう。
裁定がひっくり返ったという緊急電話(でもないか)。
メルセデスから気の利いたレリース。
“The Team McLaren Mercedes congratulate Giiancarlo Fisichella
and Jordan Grand Prix.・・・・・・フム、大人だなぁ。
こちらは寒いもてぎだった。午後になるとさらに気温が下がって、
なんだかめまいがする寒さ。と言うことで、今回のもてぎは、
天候がレースを左右するレースになりそうだ。
“気温16度が境目”というのが某社エンジニアのご説。
説明聞いてフムフム納得。まずは、ダラーラとGフォースの比較。
ダウンフォースがキッチリ効いてるダラーラ、
対するGフォースはダウンフォース不足気味。
だから、コーナーではダラーラが速い、けれどストレートはGフォース優位。
この視点からスーパースピードウェイよりは遅く、
ショートオーバルよりは速い中間スピードのもてぎ。
それを考えるとダラーラやや優位。
しかし、今日のように気温が低かったら話が違う。
簡単に言うと、気温が低い方が空気の濃度が濃い、
つまり、ダウンフォースがよく効いて、Gフォースの不利が消える。
その気温の境目が16度、という見方。
日曜日は、晴れ。気温は23度という予報。ダラーラ主導のレースになりそう。
明日が雨なら、今日の結果でグリッドが決まる。
しかし待てよ。今日はフリープラクティス。
だったら、何やってもいいってことだ。
それで予選の代わりになるって、ちょっと変?
ずるして軽いマシンで走っちゃって、いいタイムをマークして・・・・・・。
けれど、そうしたからてっ、長いレースではそれが効果を発揮するとは思えない。
本日の状況で、徹底してキッチリレースセッティングを進めたチームに
勝利の女神は微笑むのだ。それが誰か、楽しみに日曜日を待ちたいな、と。


4月10日
銀座の某日本一速い板前さんにいただいたチケットで三男は友人誘って
神宮球場のヤクルト/ジャイアンツ。初めての実戦見物に興奮気味。
神宮に送り届けて、一之江で友人をピックアップ。
もらったべっこう飴+梅干がうまかった。
8時15分にもてぎ到着。ホテルで中華。
マーボー豆腐と餃子がめちゃウマ。
今日は早めに寝て、明日に備える。


4月9日
原宿でマツダRX8の発表会。クルマはいい、映像も決まってた。
しかし、発表会がちょっとドンヨリ重いノリ。せっかくのクルマがもったいない。
20日以上、何度も催促しているのに音沙汰なしの某誌ニュース担当に電話。
“全然連絡取れないので”、と言ったら“そうですね”って、アンタあほか?
“担当が替わりましたので編集部が連絡すべき”だと。
“オレは何度もアンタにメールした。だったら一言、言うのが常識ってもんだ”。
“ええ、そうですね”。“あのなぁ、あんた、スイマセンて言葉を知らんのか、
このオタンコナス! ガチャン”。電話代損した!
バカな編集者が多くて困る。あ、私も含めて……^o^;/~。
ムカツイテ電車に乗ったら間瀬さんから電話。酒でも飲まなきゃやってられない。
ビール2杯にマティーニ3杯。すきっ腹によく効いた。8時にはヘロヘロ。
そのまま広尾の間瀬さん宅に外泊。
女房に何度も電話したらしいが、全然覚えていない。久々の泥酔と朝帰り。


4月8日
WEBの原稿を仕上げ、吉祥寺のスポーツ治療院。
2回目の今日から猛烈に痛い、という紹介者のK婦人の“脅し”におびえつつ。
しかし、前回の初診でいわれた自宅ストレッチを、
痛いのを我慢してせっせと続けたお陰で、先生ガッカリ。
なんだ、コレぢゃ、痛めつける必要がない。
というわけで、右腕と肩の痛みは案外早く治癒する方向。
これからもがんばるぞ、と。ムフフ・・・・・・。
これでチーピン直ってゴルフの調子も上がるかな(←関係ない)。
その足で四谷経由ホテルオークラ。クルマぢゃないと不便な場所だ。
ホンダのインディカー発表会。ロジャーはブリヂストンのお仕事で欠席。
アンドレッティ、カナーン(坊主頭に変身)、バイクで怪我した
フランケッティの代役のダン・ウェルドン、グレッグ・レイ、
そして中野信治。“準備も完全ではないし、
一回で勝てるほど簡単とは思わないけれど、今後につなげるために”と信ちゃん。
9年目のもてぎで、ホンダは念願を果たせるかどうか、注目。


4月7日
朝方までブラジルGP。波乱万丈のすさまじいレースであった。
クラッシュに次ぐクラッシュでセフティーカー3度。
シューマッハまでスピンクラッシュで大荒れのレース。
アロンソのクラッシュで赤旗中断。気の毒だったのは、
開始早々にピットイン、給油のタイミングを見事に読みきって
トップにいたフィジケラだった。
規則で“赤旗中断で成立したレースは、
その2周前の順位が結果となる”という決まり。
緊縮財政のteamに転がり込んだ優勝の二文字は、
一時の喜びとなるのだった。
しかし、2位とて彼らにとっては望外の結果。
これをばねにますますの活躍をお祈りしたい。
そのままザッカーの原稿。ヘロヘロになりながら書き上げたら
ハッピーになること2件が待っていた。
ひとつは、東北道の藤岡サービスエリアの副支配人からの封書。
1週間ほど前の佐野のサージスエリア
ラーメンに舞茸天ぷらを入れてもらおうと思って断られ、
“以前はやってくれたのにガッカリ。おいしいからメニューによろしく”
と書き置きしたその返事。メニューにはできないけれど、
そんなに仰るので討議の結果、単品の舞茸を準備することにしました。
かくて私の要望で、下りの佐野サービスエリアで小腹が減った時には、
佐野ラーメンと単品の舞茸天ぷらのチケット買って、
私を思い出しつつ食ってみてください。相当うまい。
ふたつ目は、マッチのマネージャーからの電話。
“来週のもてぎの時に、ゴルファーの方と一緒にとのことでしたが”。
マッチは来週海外出張、したがってご一緒できません。
実は、芹澤信雄プロと横田真一プロの都合がつかず、
ゴルファーの中心人物を欠いたのではまとまりがつかないかも、
ということで、今回は見送ることにしていた。
気にとめてくれていたマッチに感謝。
あとは加藤大治郎の回復を待つばかり。

4月6日
阻まれる人生である。昨日は雪に、きょうは暴走族に。
もてぎでロータス56タービンカーが走るってんで、
深夜のF1予選の夜更かしを跳ね除けて一路常磐道。
しかし、2時からと聞いていた予定が実は12時から。
フム、間に合うかなぁ。こういう時に限って阻まれるのだ。
三郷料金所で後ろからけたたましい排気音。
振返れば4〜5台のバイクが料金所に入っていった。
ふと見ると、料金所の出口に100台ばかり集まっている。
まずい。前に出られたらタービンカーの音が聞けなくなっちまう!
しかし、通行券をもらってゲートを出た正にその時、
集団がハバンバンバババ、と動き出しちゃった! 万事休す。
しかし、1968年のインディを走ったあのマシンが走るのを拝みたい。
そもそも、ここで皆さんに見物報告すると約束しちゃったし。
え〜いままよ、かぁちゃん助けて、と叫びつつ、群れに突入慣行。
一番右の車線からジリジリと集団の前の方に出て様子を伺う。
しかし、前に行くほど壁は高くてどうしようもない。
蛇行はするわ、シートに立ち上がるわでなかなか見せてくれるけど、
悪いがオジサン、感心してる時間がないのね、だからどいてちょ〜だい!
ドイテッテバァ! 叫ぶが届かず。排気音がでかいこともあるが、
窓を閉めてるから聞こえってないのだ……^o^;/~。
30分ほどノロノロ我慢。守屋サービス手前でひらめいた。
サービスエリアの中を回れば前に出られる。決行だ!
しかし、入り口を警官がパイロンで通せんぼ。
オイオイ、アンタラどっちの味方だい。
大声で“前に出たいからパイロンどけてくれぇ!”と叫びつつ突進。
警官、勢いに負けて(でもないか)仕方なくパイロンをどかす。
出口も同じ状況だ。クラクション鳴らしまくり。
事情を察知した警官が慌てること慌てること。
ヤバイ、数台通過した。こうなったらヤケクソだ。
全開で出口までに前に出て、一目散に遁走の旅へ。
それにしても迷惑な暴走族。と言いつつ、楽しんだんぢゃないの?
という質問には答えず、また明日。


4月5日
長〜い1日だった。
F1の予選初日をテレビ観戦して夜更かししたから朝が辛い。
“雪だから来ないほうがいいよ”Hカメラマンの電話忠告を聞かずに、
次男を乗せて中央道。1時間もあれば富士に着く、
と思ったのが甘かった。上野原辺りで雨がミゾレに変わり、やがてはドカ雪。
大月まで3時間コース。あきらめて大月で引き返そうと思ったが、
大月を過ぎたら皆さんあきらめ道路はガラガラ。だったら行くっきゃない。
しかし、標高がぐんぐんと高くなる銀世界をFRで走るのは、
ドキドキもの。ちょっとした冒険であった……^o^;/~。
やっとの思いで富士に到着したら、Fポンの予選は大雨で中止。
弁当食って東名周りで家路を大急ぎ。結婚披露パーティが待っている。
これまた厚木−八王子が裏道使ってもなかなか難関。
裏道を攻め抜いて家に到着したその瞬間、
17時からのパーティのために狙っていた電車が行っちゃった。
おまけに地下鉄をどこで降りたらいいかわからず、
赤坂のヒコ(天野)ちゃん披露宴会場に40分ほど遅刻。深謝。
二次会は六本木。一次会のトラちゃんに代わってロジャーが登場。
どちらも大いに盛り上がり。業界のアイドル、F社のI女史とお嬢さん談義。
ともあれ、オーバル定着元年になりそうなこの年に結婚するなんて、
アメリカンレーシングの最右翼ヒコちゃんの面目躍如。
雨の日の花嫁は幸せになるというけれど、雪まで降ってお空がお祝い。
末永く、お幸せに!
岡崎健滋さんと世直しトーク。おかげであっという間に立川駅。
別れを告げて西八王子。今日は電車で無事帰還。
長い1日は、まだまだこれから、F1の予選が待っている。


4月4日
あっという間に週末が来た。
昨日、IさんとFさんに相談した懸案事項、
つらつら考えるも、山が高いだけに簡単には進まないなぁ。
日本モータースポーツ機構という仮の名前にしておこう。
お堅くなったら広まらず、広めようと思って軽くなってもよろしくない。
大人っぽくてきっちりしていて、でも親しみやすいイメージ。
モータースポーツを上手に広めるいいアイデア、ないかなぁ。
見せるものは、図鑑みたいなイメージか・・・・・・。


4月3日
渡辺靖彰さんの追悼コンペ。
朝5時30分に高尾在住のIさんのお出迎えで千葉のグレンオークス。
雨上がりのグリーンは水たまりを考慮して一番高いところにカップ。
打っても打っても入らない。3パットの連続で、
午前中だけでなんと24パットの新記録。
パッティング巧者(自分で言うな……^o^;/~)形無し。
という理由(だけぢゃないだろ?)スコアは、聞いて驚くなよの107回。
さらに終わってみたら新記録もうひとつ。
ラウンド通じてパーがなし! 実に8年ぶりの快挙、
一時はプロを目指した奴と同一人物とは思えない……^o^;/~。
パーティで靖彰さんをメンバーとする業界バンドで鳴らした
元T社部長のFさんのギターで賛美歌。
なんとなくしんみりしつつ、それでも大いに笑って思い出話。
会社を辞める挨拶に伺った時にいただいたアドバイス。
“ゴルフの数を減らしちゃダメだよ”を思い出す。
“山ちゃんみたいに明るい奴がゴルフを減らすと、
どう見えるか考えてご覧。やっぱあいつも、
と思われちゃったらもったいない”。う〜む確かに。
教えを守って年間60ラウンド(やり過ぎだって)。
ともあれ、お陰で仲間が増えてゴルフの仕事もひろがった。
しかし待てよ、引っ越して以来、近所に練習場がないってことで
切磋琢磨が不足気味。それでは今日から、教訓を思い出し
素振りの充実してみるか。肩と膝の痛いストレッチとともに、
いよいよ第二の人生の始まりだ(ってほどでもないが)。
ところで、“本日”を書き始めて以来、
スコアがよかったと報告できたことってあったっけ……^o^;/~。
胸を張ってそう書ける日を目指して、スタート!
早速、ストレッチしながら夕べ放送のセナの特番。
お涙ちょうだいストーリーは気になったが、セナを中心に、
輪廻転生がうまく語られていてフジテレビとしては面白い番組だった。
もう少しじっくり腰を落ち着けたこういう番組つくりをしてくれたら、
F1はもう少し人気が出るのになぁ。
がんばれフジテレビ。


4月2日
ベストカーの連絡を待っていたら、大きく肩スカシ。
気を取り直して帝国ホテルでジャガーXJの新車発表会。
終わった後のラウンジでI社のK氏とポスターとステッカーの打ち合わせ。
思いついて床屋。一旦家に戻って、次男と三男と大垂水経由で相模湖。
弟から借りたパソコンに入っているはずの画像をコピーしようとしたら、
それはバックアップディスクに入っていた。それって家にあったんぢゃん。
年とともにマヌケの頻度が高くなる……^o^;/~。
2〜3日前から腹がシクシク痛い。風邪?


4月1日
ウソのないエープリルフール……^o^;/~。
ジャガーの発表会を1日勘違いしていた。
自分をだましてどうすんの?
一旦、家に帰って午後からセサミスポーツ治療院。
“猛烈に痛い”と聞いていたけれど、期待外れ(?)。
肩の痛みはヤッパリ“首からきている”とのこと。
縮める方向に働く体の前面の筋肉は発達しているけれど、
伸ばす方向に働く筋肉がカチンカチンとの診断。
例えば、腿の上側や、肩の前面、手首の内側などなど。
深呼吸で息を吐く姿勢は身体の前面の筋肉で引っ張るから
問題ないけれど、吸う時にその前面の筋肉が伸びにくい。
週イチの通院と、ストレッチを心がけよう。
そのまま、麻布十番の春。久し振り。
ピエール北川アナとM社のM氏と食事会。
間瀬明さんが合流して電車がなくなって、
新宿から国立まで深夜バス、そこからタクシー。
家に着いたら3時半。∴これは“昨日の”……^o^;/~。


過去の本日の山口正己
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