| 過去の本日の山口正己 | |
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6月30日
通夜は、無事に終了。施主(当地では喪主をそう呼ぶ)初体験。
私が施主だとなると、早速、失敗二つ。
同級生や仲間を弔問客に見つけてはしゃいでいたら、
“時間が過ぎてます”、と会館の司会者を慌てさせた。
それはまだ罪が軽い。
親族の先頭で、親族と一般参列者との間の席から祭壇に向かう時、
一般の方々に頭を下げるのをすっかり忘れた。
親族だけに頭を下げてどうすんの!
途中で気付いて最後に深々と頭をさげたけれど、う〜ん、手遅れ。
内面最低、でも外面の良かった親父は、近所の人気者。
300人以上の弔問客の一人一人に感謝。
天気予報は土砂降りで寒いはずだったけれど、
雨が降り出したのは通夜が終わった後だった。
親父の得意技は、天気予報破り。 “気象庁が予算の1/10をくれたらオレが天気を当ててやる”。
50年間、雨が天敵のキャンプ場の経験から、
雲の流れで天気を宛てる名人の、
これが最後の気遣いか。
6月29日
FIAから、イギリスGPのプレスパスOKのFAX。
訃報の後に、朗報……^o^;/~。
これはオヤジの置き土産、ということで。
通夜は明日18時から、告別式は明後日7月1日10時30分から。
城山町久保沢のJA会館。
今日も、ご近所を中心に、弔問客がひっきりなし。
皆さんが、気を落とさないで、と暖かい言葉。
田舎の人は、こういう時はとってもコンク。
各方面からお悔やみが届いて、旅立ちの大変さヒシヒシ。
それはともかく、原稿書かねば……^o^;/~。
6月28日
午前11時57分。見事な軟着陸でした。
みなさん、ありがとう。
6月26日と27日
26日の夕方北里へ。28日まで泊り番。
メルセデスのEクラスの試乗会、ドタキャンでスイマセン。
日付の感覚がちょっとヘンか?
26日深夜、親父はなかなか寝付かれず。
1時間寝て、1時間悶々とする繰り返し。
明け方目が覚めて、尻のほっぺが鈍く痛いと訴える。
ハリ・灸の感覚を思い出してか、麻酔の注射をしてほしいという。
朝6時に、今度は前頭部の頭痛。
心配したが、冷やしてしばらくしたら納まった。
臀部の鈍痛を看護婦に相談。暖めたらどうか、というので試したら、
少し楽になった様子。しかし、しばらくすると、
やっぱり麻酔がいいなぁ。子供みたいだ。
医者に相談。痛み止めと誘眠剤を点滴。見事に効いた。
しばらくすると大イビキ。途中、検温などで数回目が覚めたものの、
12時間以上グッスリ眠った。
手足のむくみを取るために、利尿剤を点滴に追加。
前回ほどむくみが取れた感じがしない。
朝、初めて食事を口にしなかった。
今日は、夕方、口にした小匙2杯のおかゆのみ。
時々冷たい水を飲むだけ。
ろれつが回りにくいのは、誘眠剤のせいか。
口の中が乾くというので、加湿器を借りる。
またすやすやと寝息が聞こえている。
寝ている時が一番幸せ。これは、健常者も病人も一緒だな、
というのが本日の発見であります……^_^;/~。
ゆっくり、お休み。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ※最後の“ゆっくりお休み”には、実は別の思いがあった。 その日、日記とは別に、嗚咽しながら、書いた。 2002年6月26日……オヤジが眠った病室で。涙があふれて止まらない。 もう、とっくに生きていけないデータなのである。 しかし、生命力が邪魔して、楽になれないのである。 頑張り屋が邪魔して、うなされている。 白血球は毎日倍増し、すでに善玉はゼロ。 酸素を食う悪玉だけが増殖を続けている。 数日前、“このデータで食事をする人は初めてです”と医者は言った。 食が細るのが病人の典型的な姿のはずだ。 しかし、オヤジは食い続けた。 最初は、強い心臓と負けじ魂の凄まじさを息子として誇らしく思った。 医者はダメだと言うけれど、治るんぢゃないかと思っていた。 しかし、違うことに気が付いた。 オヤジは子供の頃に風邪をひいて具合が悪い時、母親から言われたのだった。 “正治、食べなきゃダメだよ。食べたら治る”。 我慢して食べたら誉められた。 がけっぷちを彷徨いながら、オヤジはおかあちゃんを思い出して、 一生懸命食ったのだ。 うまそうだなぁ、うん、うまいなぁ。野菜はからだにいいんだ。 そう言って、おかゆを食った。トマトを食った。酒饅頭を食った。 みんなが煮てきてくれた野菜を食った。 うまいなぁ、と言って食った。 しかし、実は、全然うまくなかったのだ。 食えば治る、誉めてもらえる。 79歳のジジイのクセして、誉められたくて無理して食っていたのだ。 こんなに侘しいことはない。 こんなに切ないことはない。 もう、充分だよ。もう、食わなくていいよ。 早く楽になれよ。 一生懸命頑張ってきたんだから、もういいよ。もう大丈夫だよ。 食いすぎはよくないよ。 ゆっくり眠って、目が覚めたら、食えばいいよ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6月25日
結局朝まで寝ず。お蔭で、原稿がはかどった……^o^;/~。
午前中仮眠して、昼過ぎにお袋と交代。単行本の打ち合わせ。
しかし、出版社はテーマの根幹を理解してくれるのか否か。
単なる覗き趣味ならハナから興味はない。
本来の姿を求めて……という設定は、しかし、高尚すぎて(?)、
書く以前の問題として、版元に理解してもらうまでに苦労しそうだ。
夕方帰宅。三男と、随分前に約束した温泉(とはいえ近所の銭湯)へ。
そういえば、FIAには、資料が届いたのだろうか?
次から次へと心配だらけ。しかし、これも人生。
さてと、頑張って、原稿を書こうっ、と。
6月24日
ヌラリクラリと原稿を書く。夜、病院へ。
早朝、弟と交代したお袋と、改めて顔を出した弟が帰る前に、
トマトを1/4ほど食ったオヤジは、夜半に気分が悪いと訴える。
背中を摩るしか成す術なし。
心配したが、一眠りしたら持ち直して一安心。
常人で4000〜7000のはずの白血球は15万超。
しかし、データよりは遥かに元気。医者も驚く。
うまいうまいと飯を食う親父に、
医者は“このデータで食べる人は初めて”。
医者も脱帽する生命力の強さが、
精神も肉体も支えているということか。
“病は気から”をこれほど切実に感じたことはない。
オヤジを尊敬したことが過去、たったの2回ある。
V字型の中央にスプリングがついた握力トレーニング道具。
手のひらで握って、V字を閉じる運動を繰り返す。
閉じきった状態で、何秒固定していられるか、
大学時代の友人と競争した。私は3分でギブアップ。
友人は5分続けて鼻高々。そこにオヤジがやってき。
オレにやらせろ。年寄りには無理だよ。いいからやらせろ。
ウンウンうなりつつ、なんと、15分持っていた。
台風の夜、対岸に遊覧船やボートを係留した桟橋が取り残された。
川は渦巻く濁流だ。時々、
崖とともに崩れた大きな木もドンブラコと流れてくる。
極めて危ない狂った川だ。しかし、迷っている時間はない。
水位がドンドン上がってきている。
早く対岸に渡ってロープを解かないと、
船が引きずり込まれて沈んでしまう。
だが、渡ろうにも、濁流が激し過ぎる。
足をしっかり川底に食い込ませたい。
しかし、一歩踏み出して川底を踏みしめると、
次の瞬間に濁流が足元の地面をさらって不安定この上ない。
私は、2歩進んで諦めて、怖くなって引き返した。
到底無理だと思った。
しかし、オヤジは無言で頷くと、ザバザバと波をかき分け、
対岸に渡ってしまった。大正生まれの戦争経験者。
ゼッタイには敵わないと心底思った。
しかし、3回目は、もっと敵いそうにないのだった。
6月23日
昼間は病室で寝て(どっちが患者か分からない)、
夜弟と交代して帰宅。
久しぶりに風呂に入ってからヨーロッパGPを見る。
ホンダはまだまだトヨタは相変わらずの実力。
琢磨はといえば、またまたぶつかっちゃった。
ワールドカップサッカーでベスト4に残り、狂喜乱舞の韓国が羨ましい。
新聞記事の、新宿の韓国人女性。日本が負けたことを気遣って、
「ゴメンナサイ」と一言添えたという記事が印象的。
6月21日と22日
北里泊まり。小型スタンドライトを買ってきた。快調。
隅っこでコソコソパソコン。
まずは一眠りと思ってウトウトしたが、妙な気配でふと気が付くと、
ゲッ! オヤジの酸素マスクが外れている! ビックリしたぁ。
夜中に三度も。翌日聞けば、前日も、
自分で外して点滴のタワーにかけてあっただと。
人騒がせなオヤジだ。お蔭で朝まで寝られりゃしない。
その結果、昼間寝たのでまたまた時差ぼけ……^o^;/~。
22日は、そう言う流れ、深夜にコソコソヨーロッパGPの予選のテレビ。
が、テレビの台に挟んであった昨日買ったばかりのライトが落下。
タマ切れは、“画面ブラインドタッチ”の身には辛い仕打ち。
悲しいぞ、と。
6月20日
早朝に北里病院。朝8時前だと、意外や意外、
江戸川から相模大野まで、病院の前の道以外は渋滞ゼロ。
オヤジは猛烈元気で飯まで食った。
医者を“このデータで飯を食う人は初めて”、
と戸惑わせた。しかし、元気になると
“起き上がる”“アレを食いたい”と、
頑張ってしまって、それがドッと翌日に跳ね返るのが心配。
キャンプ場経営で土日が多忙な弟が今日も夜勤。
私は土日担当をやることにして一端帰宅。
FIAへの資料、24日までとのことだったけれど、
土日が挟まるから25日になるかも、とのこと。
リエちゃんに頼んで“25日まで待ってください”とFAX。
どうなりますか?
6月19日
北里病院泊。どうやら、お袋を使用人のごとく
使うことに対して厳しい私に、オヤジはご不満。
朝、担当医の一人の女医さんの顔を見たら笑顔が出たので一安心。
朝方から午前中は仮眠して、弟とお袋にバトンタッチして帰宅。
13日にル・マンに出てからのFAXの山を整理していてショック!
FIAから“イギリスGPのパスがほしけりゃこれまでの記事を送れ”。
それはいいけど、“17日までに”って、それって昨日ぢゃないの!
パパ・ロジャーに作戦相談。こういう時の正攻法の英文もお願いして、
早速FIAにFAX。即刻返事。“
24日まで待ってあげよう”。感謝しつつ一安心。
記事をコピーしてまとめて資料を作るだけで本日終了。
今度はリエちゃんにあいさつ文をお願いして、
“資料を送ります”と手紙を添えてEMS(国際単急便by郵便局)。
しかし、今年は、運勢最悪と去年言われたとおり、
いろんなことが起こるけど、
それぞれなんとかなるのは、頼りになる友人のお蔭。
皆さん、ありがとう!
6月16〜18日
昨日の本日、“沼ちゃんと奥さん”ていうと、
なんだかご夫婦みたい。
沼口カメラマンと“奥デザイナー”と書くべきでした。
序番の20周に一暴れ、の童夢の“策略”は、半分成功。
3位で幸先いいスタートだった。しかし、ル・マンは甘くなかった。
我々は、深夜にツールのホテルにガス欠ぎりぎりで恐々帰ったその間に、
アウディは1-2-3を確立。朝までに今年の流れを決めていた。
そもそも、方や三階建てのホスピタリティを持つワークス、
対する童夢は、オランダのチームに側面援助が精一杯。
これで8位は上出来か。ゴール後に即刻退場パリ。
渋滞で4時間後に中華にありついてバタンキュー。
月曜日は、夜のフラントを待つまでの間に、
夕べの中華のメンバー(フランスF3の井手選手含む)で、
ディズニーランドそばにできたアウトレットに繰り出した。
着いてみれば、1月のテストで
スペインのバルセロナにあったのとそっりくだ。
聞けば、イギリスにも同じ系列があるという。
アウトレットも変ったもんだ。
林社長をパリに残して夜のJALで成田。機中では飯も食わずにグッスリ。
成田にJIさん出迎えありがとう。家に戻って踵を返して病院へ。
酸素ボンベを着けてベッドに横たわるオヤジに、
いつものように“どうだ?”と聞くと、
初めて力なく首を横に振った。
お袋と弟を帰して、今晩は泊まり。
6月13〜15日
成田⇒パリ⇒ル・マン⇒パリ⇒シャルル・ド・ゴール
⇒ル・マン⇒ツール。二日間でこれだけ移動。
私は、客席&助手席専門。沼ちゃんと奥さん、
それから、JALの運転手(とは言わないか)、お疲れ様。
ル・マンは、今年もル・マンであった。当たり前だが。
日本のおばあちゃんが、“来年も桜が見られるかしら”
というのはと同じく、今年もル・マンがきたなぁ、って感じ。
しかし、携帯電話はないわ、成田で借りたら“信受信とも、
1通話300円也を別途いただきます”って、
どんな商売しとんぢゃ! しかし、なくした私が悪かった。
スイスからIちゃんが、シムカードを見つけて買ってきてくれて、
今日から自分の携帯が復活する。
めでたいル・マン。親父はなんとか安定とのこと。
長い戦いが始まります。さて、皆さんも、ル・マンで盛り上がろう!
サッカーに負けるな!←←←ちょっと無理か……^_^;/~。
6月12日
大変だぁ! 携帯電話が見つからない。
家中探したけれど見つからない。
こんなドジは初めてだぁ(ほんとかぁ?)。
本日、弟が親父の通院の運転手。私は、ちょこっと顔を出して、
久しぶりの西葛西。が、首都高に乗った辺りで弟から電話。
酸素が足らないので入院。アリャマ。
一端、家に帰ってから、女房連れてとんぼ返り。新展開はちょっと心配。
しかし、主治医は、酸素さえ供給してれば大丈夫だろうとのことで一安心。
安心したら携帯電話が見つからない。
最近、ほんとにいろんなことが起こるワイ。
ところで、携帯電話探してたので、原稿書けませんでした、
ってのは理由にならないだろうなぁ……^o^;/~。
明日の朝8時の出発までに、見つかりますように!
6月11日
相模湖で時差ぼけ&カナダぼけ、それから人生ボケ……^o^;/~。
終日眠い。親父の方がよっぽど元気だ。
天気がいいのでお洗濯。あっという間に乾く日差しがありがたい。
屋根はあるけど壁がない車庫でホコリだらけの親父のクルマを洗車。
乗れる日が来るように。昼飯に、ルッコラとクレソンとサラダ菜のサラダ、
それからムール貝の酒蒸。相模湖にはに合わないお洒落なおかず。
というと聞こえはいいけど、これで3人分トータルの食費が1000円以下。
それから、二度と出来ない思いつきの味付けでは自慢はできない。
しかし、うまかったのでいいとしよう。
ただし、味付けが、両方とも中華味、だってことは内緒。
環境が変ると原稿が書けない。と責任転嫁して、本日は寝る。
6月10日
夜中に起きてカナダGPを見物。琢磨が完走して一安心。
チャンプカーは、トラちゃんの終盤のスピンが残念だったけれど、
トヨタの上位独占に拍手。しかし、F1でああいう風になるまでには、
まだまだ先がながそうだなぁ、と……^_^;/~。
本日は北里に通院日。病院にいくと、おとなしくなって元気になる親父。
亭主関&内弁慶が、結果としてエネルギーの消耗を招いているのか、
家に戻って我侭になると、どっと疲れて調子が悪くなる。
夕べの深夜に始まったシャックリが止まらないのは辛かっただろう。
しかし、1月ほど前の入院の“半月連続シャックリ”に比べればまだましか。
ノドに木ベラを突っ込んでシャックリを止めるお医者さん。
現代医学と木ベラはミスマッチだなぁ、と思いつつ、医者に感謝。
帰りに半原で名物の“糸最中”10個。今朝は食欲がなかったけれど、
食いたいものも食えたし、夕べ寝られなかった反動もあって親父はグッスリ。
私は、カナダGPによってまたまた時差ぼけモードに逆戻り……^o^;/~。
6月9日
カナダの予選を深夜にテレビ。
トヨタと琢磨、苦戦のモントリオールって感じ。
予選後に就寝。午前中はベストカー下請けページの仕上げ。
久々の入稿作業、なんだか懐かしい……^_^;/~
一眠りして、午後から大泉に60年代の原稿受け取り。
永福町の大勝軒でラーメン。お土産2セットもって相模湖。
昼に熱がでたけれど、解熱剤が効いて、酒饅頭2個食ったと親父。
ワールドカップサッカーに日本も勝ったし、ゲン良く明日は予定の通院日。
カナダGPもいい試合をお願いしたい……^o^;/~。
6月8日
箱根でラウンド。チーピンから立ち直れそうな気配。
しかし、完全に“明治の大砲”(打った後に天を仰ぐ)を発見した。
ただし、はっけんじても、治るかどうかは全然別の問題で、
直る、というのは気配だけかもなぁ……^o^;/~。
箱根から中目黒。ベストカーのデザイン上がりを受け取って帰宅。
自宅待機の親父は、やや熱っぽかったけれど、夕方には熱も下がって、
食欲旺盛。本日も一安心。
6月7日
相模湖から北里病院。新館7階の眺めのいいテラスで雄大な景色を眺めて、
親父は顔色も戻った。熱も下がって、薬が効いてデータも安定して一安心。
血小板の点滴をした後に夕方退院。
弟に任せて横浜インターから箱根の試乗会。
マツダ・アテンザは、かなりイケてる
久々にアイデンティティを感じるクルマだ。
久々に箱根でいい汗をかく走りを楽しめた。
6月6日
達成! 我が愛しのM3が、150,000kmを越えた!
しかし、喜んでいいのかどうか。15万を越えると、半値の半値、
というのが、中古車業界の常識らしいので。
それより、ちょっと残念だっのは、
150,000kmきっかりを見落としたこと。
あっ、と気が付いたら150,003kmだった。一緒の不覚。
この3kmによって、私と愛車の関係は……決まらないか……^_^;/~。 親父は明日まで病院で様子をみることに。
数値は芳しくないけれど、熱も下がって、まずは安泰。
6月5日
親父が再入院。昨日明け方からから熱が出たので病院へ。
レントゲンの結果、肺炎お兆候はないとのことで一安心したけれど、
点滴や輸血をしても、熱が下がらず。
入院手続きギリギリの時間で、“2〜3泊しますか”、と医者の提案。
しかし、病室に入る頃には解熱剤が効いて熱も下がって元気が出て、
“だったら帰りゃぁよかったなぁ”だと。
人騒がせっちゅ〜かなんちゅうか。
雑誌のDTP入稿のために、MOドライブを買おうかと思ったけれど、
それより、CDの方がいいんぢゃないの?という
アドバイスもあって、悩む。
悩んだ結果、購入を中止。今回は、完全DTPではないので、
写真を編集部にメールで送ってお茶を濁すことにする。
お茶を濁すで思い出した。高校2年の国語の時間、
熟語の練習。指されて立った友人の、え〜と誰だったかなぁ?
この際、誰でもいいや、ともあれ、立ち上がって一瞬考えたそいつ、
“お茶がなかったので、醤油を入れてお茶を濁す”、と答えて叱られた。
その同級生、“一生懸命考えて答えたのにぃ”とがっくり。
さて、怒った先生は正しいのだろうか?
世の中、分からないことだらけ……^o^;/~。
6月4日
一端、帰宅。写真の整理をして
久しぶりに中目黒の北島デザイン事務所。
打ち合わせを終えて、相模湖に電話。
親父が、熱が下がらないとのことで、、
仕方ないので今日も相模湖。帰りがけに、柿の木坂の伊藤家。
中央道で久しぶりにアクセルを開けてみたりする。
やっぱりエンジンは、回してあげると気分がよさそうだな、と。
6月3日
相模湖で時差ぼけ……このフレーズもそろそろ飽きた。
しかしお蔭で、ロジャーの勝利をいち早く知ることができた。
ステップアップして2戦目の勝利。いよいよ来たか、という感じだ。
ところで、日本ではヨーロッパF3の知名度が高いけれど、
ロジャーが辿った、バーバー・ダッチ⇒同プロシリーズ
⇒アトランティック、というステップの知名度が低いのが不思議。
そこに着目して、今年からロジャーをサポートする
オートバックスを見直した。
時差ぼけついでに、親父の通院の運転手。
点滴の合間にベストカーで打ち合わせ。
デザインまで、と言うことで、久々に北村デザイナーに仕事をお願いする。
明日の午後一、材料を持って中目黒の北村事務所の約束。
今日も相模湖泊まり。田舎の空気はなかなかよろしい。
6月2日
原稿書いてたら、伏木悦郎さんから、本日お暇?と突然の電話。
鹿島のサッカー行かないかい?って、イキナリ言っても無理だよ〜。
いや、いつもならヒマこいてるんだけど、
相模湖に戻らにゃならない今日に限って。
しかし、それって、もしかして、ワールドカップかい?
もったいないことをしたなぁ、と気になって、
またまた原稿が進まないぢゃないの。
昼は三男の運動会を覗く。といっても、弁当を食っただけだが。
一応、父の役目は……果たしてないか……^o^;/~
6月1日
本日は、江戸川の自宅で時差ぼけ。
通常なら日ごとに直っていくのだが、
むしろ徐々に酷くなっている。眠いクセしてグッスリ眠れない。
結局は、原稿を書きたくないもんだから、
体全体が言い訳して逃避している、
と取れなくもないけれど……^o^;/~。
ズルズルと惰眠して、夕方、三男と約束した温泉にもいけず仕舞い。
許せよ友都。ところでその温泉、銭湯なのに温泉なのだ。
家から10分の船堀駅周辺に、正真正銘の温泉の出る銭湯が2件もある。
短タ460円で温泉なんて恐縮しちゃいつつ、特に時差ぼけの時には利用……あ、
温泉入ってないからだ。
しかし、明日は再び相模湖。世の中うまくできとるワイ。
5月31日
本日も相模湖で時差ぼけ。千葉から親戚がオヤジのお見舞い。
私が作ったサラダとスープが好評で、楽しい昼食。
病院出たら、気分爽快と親父。しかし、食いすぎだ。
店名指定で鶏のから揚げ買って来いだの、
カンパン食いたい、コーラは飲める。
しかし、カンパンなんか、いまどき売ってるの?
ともあれ、親戚、千葉の名産どっさり抱えて。ありがとう。
しかし、多すぎて、親父とお袋二人ぢゃ食いきれない。というワケで、
ご相伴をどっさり抱えて西葛西にご帰還。チャッカリで再びありがとう。
アメリカでは、ロジャーがまずまず好調の2番手発進。
日本にない独特のショーとオーバル、ミルウォーキー。
と思いきや、アメリカで生まれて日本の小学校に通い、
イタリアでレーシングカートやってイギリスでフォーミュラ・パーマー、
アメリカに戻って今日に至る、という遍歴から見れば、
“日本にない独特の”というフレーズは不要であった。
ともあれ、日本を代表して、
私が唯一見物したショートオーバル最後のCARTを、
その目でしっかり見物しながら、いいレースを期待してくれ。
久しぶりにゴルフの本を買ったら、著者の横田真一選手が好調だ。
『ヨコシンの“自己感覚ゴルフ”』、久々にお奨めの1冊。
ウソと適当な戯言しか書いてないゴルフのレッスン書の中で、
極めて珍しい本物の本と見た。
何せ、ゴルフを始めた頃、雑誌、漫画、単行本含めて、
2年間でゴルフの本を700冊読んで、パラパラっと見ただけで、
どういう本か分かるようになった私が言うんだから間違いない……^_^;/~。
5月30日
相模湖で時差ぼけ。したがって早朝から快適な(^o^)原稿書き。
トーチューをサクサクっと(←←←ウソつけ)。
レーシングアルバムで、琢磨のことが盛り上がる。
私の書き込みを含み、5月23日〜29日の分が消えてしまった。
お〜い、と呼んでも戻ってこない。当たり前か。
以前にも似たようなことがあったけれど、
いったいどうなっているのやら。
ともあれ、琢磨選手には、ゆっくり頑張って欲しいと思う。
そして、取り巻きが、あらぬ期待を勝手にかけて、
大人の都合で振り回さないようにお願いしたい。
ファンもしかりだが、もっと近くにいて、
レースの何たるかを知っているはずの関係者は、
琢磨が置かれた状況を、もう一度考えて行動することを切に望みたい。
いま必要なのは、一歩飛び出すことでは断じてなくて、
落ち着いたレースをして経験を積むこと。
それを理解せずに周囲が大人の行動をすると、
琢磨はF1という魔物につぶされる。
5月29日
親父がとりあえずの退院。
2月上旬から4ヶ月近く、お世話になった北里病院にしばしお別れ。
途中のうどん屋で昼飯中に、“六本木に2時半”と確認の電話。
すっかり来週と勘違いしていたので、相模湖からとんぼ返り。
夕方、八王子で高校時代の友人Kと、新案特許塗装用品の打ち合わせ。
世の中には、いろんなことを考える人がいるもんだなぁ。
塗装中に付着するゴミを磨き取る優れモノ。
発案者は塗装屋さん。必要は発明の母とはよく言ったもんだ、と感心。
しばらく相模湖暮らし。
こういう時の通信システムは、本当にありがたい。
5月27日と28日
ニースのホテル(というより木賃宿)で原稿書き。
午後にノソノソとチェックアウトし、一人中華を食ってニースからパリ経由。
成田に着いたのが28日午後3時。母琢磨とパリから同じANAだった。
“いろいろありますが、どうか長い目で”というお母さんに、
“たぶん私は現場にいる日本人で一番長い目です”と伝える。
お袋さんは、ちょっぴり安心した顔になっていた。
日本についたら、早速、
長野に研修旅行に行ってる次男以外の家族4人でラーメン。
モナコ帰りにラーメンが一番似合う←←←ホントかよ。
5月26日
モナコは本日も、60回目のモナコに相応しい快晴。
いやいや、モナコは凄まじいレースであった。
序盤のクルサードとモントヤとシューマッハ兄弟のせめぎあいに、
トップドライバーの極めて高い集中力を今更ながらに思い知らされた。
最後まで、シューマッハのプレッシャーにつぶされなかったクルサードの
素晴らしいエネルギーに対して、
プレスルームで大きな拍手が巻き起こった。
※今からしばらくメール通信できない環境。
次の連絡は、火曜日28日の夕方以降、ということで。
しばしのお別れ……^_^;/~。
5月25日
抜けるような快晴でモナコの予選。
モントヤの逆転ぶっちぎり。モナコでコンマ4秒差は、
天文学的といっていい大差。
モントヤの天才を再認識させる数字だった。
しかし、あくまで本日は予選。明日は、別の展開が待ってハズだ。
明日は、福田良君のポルシェ・カップも予定されている。
ニース空港でフェラーリの愛好家、というより大御所のOさん出迎え。
明日も天気でありますように。
5月24日
昼間でホテルで原稿書き。
関空からの便がキャンセル、成田から飛び立ったらロフトバゲッジという
ダブルパンチの新婚Kさんご夫妻とカジノコーナーで昼食。
午後は、ラッキーストライクのアレンジで、
福田良のパワーボート体験を海上見物。
良君大喜びで運転し、カメラマンが乗ったボートに超接近。
お蔭でケンサワのカメラは水浸し。ニキ・タケダびしょ濡れ。
ミカ・サロお100回GP記念船上パーティで、トヨタの高橋コーディネイターと、
グッドウッドフェスティバルのトヨタ7参加を喜び合って、
夕食は、原田哲也夫妻とイタリアン。
話題の中心は、ラーメンと餃子とてんぷらとカツ丼。
モナコに住んでも、やっぱり日本人のてっちゃんでした。
5月23日
夕べホテルで、二日間別れ別れだった荷物と感激の再会……^_^;/~、
感激の心持ちで、津川哲夫さんの“モナコ25周年”祝いで鉄板焼き。
明けて本日、津川さんのクルマでモナコの初日。
トヨタのマクニッシュが、結局2番手ながら一時はトップのタイムを記録。
プレスルームでは、日本人だけ盛り上がる。
他チームがレースセッティングに勤しむ中での去年の2秒落ち。
第一、8番手にミナルディがいたりする。糠喜びは後で悲しい。
ところで私も、しばしの糠喜び。今日と明日は、モナコ・グランドホテル。
最近までローズ・モンテカルロと呼ばれていた、
ヘアピンのそばのホテル、時代が変って名前も変った。
何年ぶりかでホテルの中のカジノを覗いて驚いた。
F1スケジュール初日の木曜日の夜というのに、
10台ほどのルーレットのうち、客が囲んでいるのは2台だけ。
スロットマシンもカードゲームも閑古鳥。日本人は一人もいなかった。
ホンダ第二期の頃、目を輝かせるF1関係者を含む黄色いサ・・・いや、
日本人が大勢詰め掛け、活気にあふれていたのがウソみたい。
何年ぶりかでホテルの中にあるカジノを覗いて驚いた。
F1スケジュール初日の木曜日の夜というのに、
10台ほどあるルーレットのうち、客が囲んでいるのは2台だけ。
スロットマシンもカードゲームも閑古鳥が鳴き、日本人は一人もいなかった。
ホンダの第二期の頃は、目を輝かせる
F1関係者を含む黄色いサ・・・いや、
日本人が大勢詰め掛け、活気にあふれていたのがウソのようだ。
ホテルの名前だけでなかった。時代も変わったのだ。
ホテルの名前だけでなく、時代も変わったのだとなんだかシミジミ。
ともあれ、モナコは毎年、周囲のレベルに押されっぱなし。
ここでは自分が一番貧乏な気がして、どうもイマイチ好きになれない。
しかし、ビルの谷間に跳ね返り、他のサーキットとは全然違う、
悲鳴みたいなエンジン音を聞い、瞬間に、
そういう戯言をすっかり忘れて、今年もまた夢心地……^_^;/~。
5月22日
荷物は未だ到着せず。
傷心を引きずって(でもない……^_^;/~)、ニースのホテルからモナコ。
パスの受け取りとご挨拶。
イタリアンで昼食。おいしかったが、グラッパが効いて、眠くて参った。
5月21日
ヴァレンシアのホテルで午前中にヒストリック・モナコの原稿。
気が付けば、このホテル、PGAのお墨付きゴルフコースの指定ホテルだ。
こういうシチュエーションでプレーしないと、ゴルフの神様に叱られる。
というワケで午後からハーフ。
しかし、世の中のバランスは、今日もしっかり取れていた。
バルセロナ経由でニースに着けば、待てど暮らせど荷物が来ない。
着の身着のまま木賃宿で明日の朝まで待つとしようか。
しかし、傷心(でもないが)の私に再びバランスは取れるのだった。
ニースの焼肉屋でアグちゃんご一行と遭遇。
おいしいデーナーをありがとう。
5月20日
ヴァレンシアでラッキーストライクのイベント。
BAR004と、1972年に南アフリカGPなどを走った
ラッキーストライクカラーのロータス72。
ドライバーは、デイブ・チャールトンとヴィルヌーブ、そして、福田良。
琢磨のヒストリック・モナコでは、F1ドライバーのあり方を考えさせられた。
全員、“マジに本気”で走るとは言え、
アマチュアレースの中でのクラッシュは、
どう解釈してもまずかった。
良君は、ラッキーストライクカラーの2台のマシンに
それぞれ感慨深かった様子。
ロータスは“思った以上にパワーもあるし乗りやすい”。
BARは、古い003しか経験がなかったけれど、今回は、ヴィルヌーブ用の004。
“003はアンダーとオーバーが微妙でセッティングに苦労するけれど、004は違う”、
“ヴィルヌーブのクルマは、
アクセルペダルのストロークが短いことも参考になった”。
けれど、彼はまだ、単なるテストドライバー。
便利に引きづり回される“プロモーションドライバー”にならないように祈りたい。
オジサンは、どうも余計なことを考えてしまう南フランスなのである。
5月19日
本日のモナコの朝は快晴なり。
それにしても、琢磨がクラッシュしてしまって走れないのは、返す返すも残念。
ヒストリック・モナコの“決勝レース”を見物して、
夜の便でバルセロナ経由でバレンシアへ。
深夜到着は辛いけど、夜が遅いスペインのこと。食事もなんとかなるだろうと、
ということで。
5月18日
ヒストリック・モナコの初日。F1と同じパドックに、旧車がズラリ。
どれもこれも由緒あふれるマシンばかりで、出るのはため息ばかりなり。
今年60回を迎えるモナコGPの歴代参加車はもとより、スポーツカーもある。
佐藤琢磨が、そのうちの1台、1969年にグラハム・ヒルが乗って、
ここモナコで勝ったゴールドリーフ・カラーのロータス49で走る。
雨の中でドライタイヤ。午前中から、“まるでグリップしない”と嘆きつつ、
由緒あるクルマに乗れた感慨も一入。しかし、午後のプラクティスで、
軽くクラッシュ。フロント、リヤとも左側のサスペンションを曲げてしまい、
明日の走行は流れてしまった。
第一、私も、パスの発給所に“パスがないとは入れない”
という不条理で一苦労。う〜ん、やっぱりモナコは難コース。
本番では気を取り直して、ボチボチと。
5月17日
ワインでお馴染みのバンドールのホテルから、今日はモナコに移動日
マルセイユ空港にレンタカーを返却、マルセイユ駅からTGVを所望。
しかし、TGVは満席で普通の列車。マルセイユ駅に2時についたものの、
乗れるのは16時過ぎ。マルセイユの港の散策。収穫はピザ1枚……^_^;/~。
マルセイユとニースの間は、TGVが遅いらしく、
普通列車でもTGVでも2時間半の旅。
しかし悪いことに、普通列車も満席立ち席。ついでに通路にすし詰めだ。
時々、車窓から見えるコートダジュールの景色に慰められつつ、
少々遅れて、ニース乗換えでモナコ・モンテカルロ到着は8時を過ぎていた。
モナコ駅で、スイスからイタリアを経由で
反対側からやってきた間瀬明さんと合流。
長旅でどっと疲れたけれど、捨てる神あれば拾う神あり。
予約してもらったビーチプラザは、もったいないくらいの豪華版。
それもそのはず、モナコGPの時には、
ドライバーや主要な関係者の定宿だ。
ここに泊まっていた中嶋悟さんを捕まえて、
初代ホンダF1監督の故中村良夫さんに
インタビューしてもらったのもここだった。
5月16日
レンタカーの予約をせずにマルセイユ空港で借りる。
しかし、予約なしでニース空港での乗り捨てがNG。仕方ないので、
一端、マルセイユに戻って、ニースには電車でいくことにするか。
フォードKaを借りて、エキサンプロバンス経由でポールリカール・サーキット。
ここは、以前、フランスGPが行なわれたサーキット。
F1見るならどこがいい?と聞かれて、迷わず、お奨めc純唐セったコースだ。
天気がいい、メシがうまい、そして、高台になるから開放感最高。
しかし、政治的な理由で、フランスGPはマニクールに移ってしまった。
そこで、記念すべき、日本人の日本F1チームのテスト第一号。
高木虎之介選手のトヨタF1テスト。雨の予想もあったが、正反対。
コートダジュールらしい快晴だ。ポールリカールは候でなくちゃ!
しかし、私の場合、頭の照り返しが強いので、
日陰が恋しくなるほどの暑さではあった。
トラちゃんは、上出来のテスト106周。
しかし、これでF1に乗れるようになるほど気楽でもない。
TMGはあくまでTMGの都合で動く。
TMCが意向をストレートにつなげるかどうか。
ドライバーだけでなく、オーナーであるはずのトヨタじたい、
F1の仲間入りするのは、
簡単ではないなぁ、と。
しかし、“こういうチャンスを与えてくれたトヨタに感謝します”、
とトラちゃん上機嫌。明日はダマッタにテストをバトンタッチ。
トラちゃんのテストの模様は、こちら↓でどうぞ。 http://www.39-web.com/imgbbs/motimg.cgi
5月15日
成田から全日空でパリ経由マルセイユ。
おいしいシーフードレストランが近くにあるし、
港沿いのホテルにしようと思ったけれど、
明日、レンタカーを借りることを考えると空港近くが便利だし、
そもそも夜になっちゃったので、空港近くのBEST WESTANで我慢。
成田で、ニューヨークに飛ぼうとしている村上龍さんに会う。
ポールリカールとモナコに行くというと、とっても懐かしがっていた。
龍さんとF1見物旅行をしたのは、1988年。年間13戦に同行し、思い出一杯。
特に、ポールリカールでやっていたフランスGPは、
ブイヤベースの話や、エキサンプロバンスのレストランでの、
田舎のオジサンおばさんのダンスなどなど、話題満載だったなぁ。
どう話題満載だったかは、龍さんの小説のどこかにそっくり出ているので、
暇な方は見つけてください……^_^;/~。
ところでポールリカール、すっごい久しぶり。
果たして明日、行けるんだろか?
5月14日
事件である。ヒット数が1日に400も行っちゃったのだ。
今まで、200ヒットで喜んでいたのだが、一気に倍増!
そうなった犯人は、三浦大輔選手である。
昨日の食事会の時の写真を、ここ↓にアップしてくれた。
http://www.daisuke18.net/index2.html
写真の横に幸福のトビラのURL。ということは、
三浦選手の狙いであり、私のたくらみであるところの、
スポーツ界三本の矢プロジェクト
(力をあわせるともっと大きな力になる)は、大正解、ってこと。
というワケで、皆さんにお願いです。
三浦さんちにドンドンアクセスして、
お互いのエネルギーを分け合いましょう!
さてと、午後から、東京タワーの下で日本カーオブザイヤー総会。
今年から、インポートカーオブザイヤーがなくなって一本化。
新展開のCOYに、乞うご期待。
親父の見舞いの後に、帝国ホテルで打ち合わせ。
メールの対応や企画書の整理をしていたら、あっという間にもはや2時。
明日の11時25分のANAでパリ経由でマルセイユへ。
モナコのヒストリックF1見物の前に、ポールリカールの合同テストを見物予定。
あ、ポールリカールのホテル、予約するのを忘れてたぁ!
早速インターネットで探さなくては。かくて今宵も、夜更かし。
5月13日
午前中に原稿1本。午後からは、東京エディターズに企画のご相談。
夜は横浜で食事会。幅広い分野で活躍するメンバーを集めて、
多角的に活動したい、というテーマで事務所を作った横浜ベイヒターズのエース、
三浦大輔投手を中心に、女子プロレスい大向美智子、
ビーチバレーの五輪出場選手、プロゴルファー目指して米国修行中の石坂有紀子、
DJとしてFMヨコハマやテレビで活躍中の栗原治久、
そして、“モータースポーツパーソナリティ”という肩書きをいただいた私。
三浦フアミリーとの楽しい語らいでありました。
人見知りする私は、大向選手と同行した女子プロレス仲間のエネルギーの前に、
タジタジと手が出ずに、ちょっと悔しいひと時でありました……^_^;/~。
5月12日
オーストリアGPをテレビで見物。
琢磨のクラッシュには驚いた。
フェラーリのチームオーダーに絶句した。
フィレンツェンとパニスのスピンと回避テクニックに痺れた。
ユーンのあまりの遅さに声も出なかった。
ホンダのシーズン初入賞に一安心。同時にその一方で、
“どうする、最後の無得点”、というフレーズが使えなくなったと苦笑した。
琢磨のマネージメント会社からのレリースで琢磨の無事を知って安心した。
トヨタのレリースにの最後を、高橋テクニカルコーディネイターが、
「佐藤琢磨選手が大事に至らなかったことは、不幸中の幸いだった」と
結んでいるのを見て、ここでも安心。
後は、スポーティングコードが、フェラーリの行動をどう見るか。
大岡裁きに期待しつつ、朝まで原稿を書いた。
5月11日
霧は雨の1日をゴルフで過ごす。沼津国際カントリークラブ。
ハーフ3時間、合計6時間。既にスタートの時点で20分遅れたから、
ゴルフ場に10時間もいたことになる。かつまた相変わらずの絶不調も手伝って、
疲れた疲れた……。ともあれ、絶不調から脱出できるのはいつのことやら。
しかし、忙しくて練習できない、なんて、
サルセンゴルフの私にはあるまじき事態。なんとかせねば……^_^;/~。
オーストリアGPの予選。フェラーリ、ウイリアムズ、フェラーリ、ウイリアムズ、
ザウバー(!)、マクラーレン、ザウバー(!)、マクラーレン、
そしてBARホンダ、トヨタがトップ10。ブリヂストンとミシュランが、
見事に1台おきに並んで、明日の決勝は、必見の1戦になった。
お見逃しなきよう。
5月10日
春だというのに、寒い1日。雨なので仕方ないか。
ベストカーの原稿を終わってゴルフの練習に出ようと思ったら、
雨が強くて中止。最近、根性、ないなぁ。
しかし部屋でアプローチの練習はばっちり……かぁ?
ともあれ、明日、天気にあぁれ、と。
インターネットの校正が上がってきた。そろそろゴールが見えてきた。
早寝しようと思ったのに、気が付けば、もう、今日になりそう。
慌てて、お休みなさ〜い。
5月9日
午前中に企画案。詰まる。
気晴らしにオールド・モナコのプレスパスの確認fax。
完成段階に近づいたインターネットの仕事、日付が1年違っていた。クワバラ。
友人から電話。HondaのF1活動について1時間ほど議論する。
Hondaのやり方、トヨタのやり方、昔のマン島、今の日本。
う〜ん、テーマは深いが、どうどう巡り。
配達された郵便物の中に、マイバッハのプレスインフォメーション。
“メルセデスベンツの技術とクラフトマンシップを結集した”、とある。
クラフトマンシップ。昔はあって、今は消滅の瀬戸際。
生産技術は圧倒的に高くなった。しかし、クラフトマンシップは????
電話で、夏休みにメガウェッブで行なわれるトークショーの打ち合わせ。
エヌ・アールというマネージメント会社(実は親戚)に一任。
マネージメントしてもらうと、一人前の気分。内容変わらずだが……^_^;/~。
午後から、ゴルフダイジェストの取材。マナーの記事。
どうやったら読んでもらえるか、それが問題だ。堅苦しくならないように、
編集部の市村さん、頑張ってください。
オールド・モナコ&モナコGPへの出発が来週に迫った。詳細未定。
6月16日のカナダ⇒ル・マンも決めなくては。今日もバタバタ終わっちまった。
5月8日
ダイヤモンドのような1日。午前中に原稿を仕上げ、昼は最近発見したラーメン。
うまい! 今日は塩ラーメン。女房は、つけ麺。つけ麺は邪道と思っていたが、
そこのは別格。腹いっぱいになったところで、木場の東京近代美術館。
“疾走するアート、フェラーリ&マセラティ展”。美術館とクルマ。
自動車ショーではない。美術館でゆったり展示する。
イタリアのクルマはどうしてこういうシチュエーションが似合うのだろうか。
素晴らしいディスプレイに、クルマに全然興味のない女房も感心しきり。
これに絶える日本車はあるのだろうか。感動と共に、一抹の寂しさを禁じえない。
私の一番好きなエレガントでグラマラスなフェラーリ250GTOもある。F1もある。
次期フェラーリのFXの1/1モデルもある。
珍しいマセラティのレーシンクマシンもある。
しかし、4月からやってたのに、今まで行かずに不覚であった。
みなさん、7月14日までです。大人1300円はタダみたい。
詳細は⇒http://www.love-italy.net/artedinamica/index.html 現場に行ったら百倍感動できます。
今日は興奮して眠れない。
いや、ラーメンがうまかったからではなくて……^_^;/~。
5月7日
家族全員でプロジェクトXをテレビ観賞。
マン島挑戦の一端が伝わるいい出来だった。
我家の場合、次男が宗一郎なので、ますます力が入る……でもないか。
1961年に勝った時は、二代目社長が30歳そこそこの時。
世界に臆せずチャレンジして勝ったのだけれど、関係者は残業が月に300時間。
私は、30台前半の頃、120時間残業した時は、
世界で一番働き者だと思っていた。
上には上がいるもんだ。月に300時間て、1日10時間の残業。通常勤務より、
残業の方が多いって、まるで笑い話だ。
二代目社長の河島さんが今でもお若いのは、そういう夢を追いつづけたから。
そのお蔭で見物人の我々までハッピーな気分になった。
5月6日
怠惰な1日。
ゴルフ練習に行こうと思ったら、途中でスピード違反の一斉!
最近年取ったせい化ゆっくり走るクセがついていたので助かった……^_^;/~。
若洲ゴルフリンクスの練習場は、20打席で10人待ち。諦めて帰る。
家でアプローチの練習に励む。なんだか健気な私。
ここでもやっぱり、歳のせい?
5月5日
ブレインズの社長からのお誘いで、3人の息子と筑波の“オールドナウ”。
フェラーリのオンパレード、15台ものトヨタ2000GTの本気の走りを堪能。
私は圧倒的にトヨタ2000GTに痺れたが、息子たちはフェラーリがお気に入り。
2000GTは、ラーメン40円の時代に238万円もしたんだぞ、と言っても、
“やっぱりフェラーリ”と理解してくれず。当たり前か。
しかし、先輩の一言で、複雑な気分。“2000GT、欲しいねぇ。でもさ、
これが原因で、トヨタはいいスポーツカーを出せなくなっちゃった。
名車だからこそ、“これ以上のモノを作れ!”、
って言われちゃうようになっちゃった。
確かに。これほどエレガントで、スマートで、
味のあるクルマを作れといわれ方ってなぁ。
こうなったら完全復興2000GTまんまレプリカしか手はないか。
しかし、現在の生産技術では、本来の2000GTはできない相談かも。
“ハンドプレスだったので、最後の調整は手でやった。
だから1台1台違う形をしてるから”、
と2000GTクラブの座間会長は教えてくれた。
ハテ、“いいものって”なんだろう。
“本日最高”の渋滞予測を恐れて早めに退散。
2時頃にすでに渋滞が始まっていた。
ベイスターズの三浦投手のマネージャーに
巨人戦に誘われていたが、今回はパス。
私が行かなかったらベイスターズが負けちゃった←違うって。
トラちゃんF1テストのニュース。
モナコの周辺なら、見物できるかな?
5月4日
7時に出発して、六本木経由で10時過ぎに富士スピードウェイ。
渋谷で渋滞25kmの表示。同行の友人のアイデアで、厚木まで下道。
大井松田降りたから、道路代がたったの750円。
とっても経済的なGT見物。
富士は、100Rの外側の駐車場も一杯の大入り。
それより嬉しかったのは、トヨタの斎藤副社長に
日産のカルロス・ゴーン社長の来場。
レースもナカナカメジャーになったかも。
それにしても、今は目だたない日産が、
ゴーンさんの力でモータースポーツにも波及するかも。
今後のニッサン、(ちょっとだけ)注目だ。
レースは、接触、スピン、クラッシュで、
ペースカーに次ぐペースカー。
結果が最後まで分からないのはいいけれど、
なんだか三流プロレスみたいな展開に、
なんだかなぁの1日ではあった。
留守宅にオヤジから、埼玉の親戚訪問は秋にしたい、と電話。
のん気というか何と言うか。自然に任せて様子を見る、といことで。
5月3日
日本全国連休中。当たり前だ。
それにしても、高速道路の渋滞情報を見るにつけ、
こういう状況で出かける人の勇気に敬服。
しかし、明日は富士、明後日は筑波。
私の周りだけ渋滞が起きませんように。無理か。
久々に息子とパターの練習をやってみる。
次男のうまさに驚き。何も教えてないのに。
やはり、感覚が肝心か。大人になると、
その感覚を邪魔する誰かが私の中にいる←←←本人だってば。
23日に、お世話になっている渡辺靖彰さんの激励コンペ。
しかし、モナコだ、止む無く欠席届。
オヤジの様子によっては、
モナコに行ってる場合ぢゃないかもではあるが、
最近、トンと付き合いが悪くなり、山ちゃんらしくない、
という声が上がり始めている。
11日のコンペ、まっすぐ飛ぶとか言うレベルぢゃなくて、
当たるかどうかさえ心配だもの。
素振りだけでもやっとくかぁ←←←のん気、
以前と気合が全然違うもの。
誰か、暇をちょうだい。あ、ついでに金も……^_^;/~。
5月2日
久々に床屋。10分1000円、便利で侘しい……^_^;/~。
午後から北里病院。先生と今後のご相談。
悪玉白血球を完全に断ち切ることはできない。病とどう付き合うか。
オヤジは完全に直ってから退院といっているが、
落ち着いたら自宅療養はいかがと、先生は言う。
オヤジは、シャックリが止まらないこともあって、
昼は食えたが、夕食は進まない。
今日は少々気が立っていた。
夕食は、MチームのYさんと共に、B社のNさんにご馳走になった。
銀座の花籠味は相変わらずいい仕事。
うまいものを食えるのは、最大の幸せだ。
クルマだったので、取って置きの吟醸酒をいただけなかったのは心残り。
しかし、これで酒まで飲んだら、バチが当たるって。
5月1日
ゴルーデンウィークは寝い。のではなくて、今日も単なる時差ぼけ。
原稿よりもソリティアで無為な時間が過ぎていく。
とはいえ、書かねば、ムニャムニャ。しかし、不思議なことに、
いつも以上に腹が減る。どうしてだろうか?
原稿が進まず、居眠りとソリティアとメシの合間に、プレスパスの申請。
モナコの1週間前に行なわれるヒストリック・モナコと、ル・マン24時間。
英語ができる秘書がほしい……^_^;/~。
ともあれ、ヒストリック・モナコは今から楽しみ。
凄いマシンのオンパレードは見えている。
その翌日に、バレンシアで、ラッキーストライクのイベントも見物するし、
勉強しておかないと、もったいない。
そうそう、あちこちで、来年のもてぎラブコールが起こっている。
もてぎのみなさん、来年も、絶対にやってくださいませ。
4月30日
相変わらずシャッキリしない体調。原稿のスピードも鈍る。
気分治しに部屋の片付け。しかし、雑誌の山の整理は、必ず捕まる。
思わず読み込んで、いつの間にやら夜だった……^_^;/~。
もうひとつ、グランプリ特集の原稿にかかるとするか。
4月28日と29日
ちょっと体調不全。単なる時差ボケか。とにかく眠くて、
28日は、オーストラリア行きを中止したのにソープボックスダービーに行けず、
“本日”もサボってしまった。なんだかダルいが、寝たら直るか。
29日は、オヤジを北里病院に、exホンダの松岡さんを横浜労災病院にお見舞い。
松岡さんは、会ったその瞬間に身を起こし、“元気だ、松岡は頑張ってるぞ!”
と堅い握手。ジ〜ンと来た。既にリハビリを始め、
運動したら飯がうまいのなんのって、と明るかったけれど、
まだまだ明るさに力みが見える。
4月7日に名古屋で新幹線に乗った直後に激痛。
デッキで唸っている時に、誰も声をかけてくれなかったのが寂しかった。
病院に来た息子と娘に、キミたちは声をかけられるか、と聞いたそうだ。
う〜ん、そういう場面に出くわしたら、松岡さんだと思って、
勇気を出して声をかけます。
手術の後、既に別れたはずのつま先が痛かった。
60年間連れ添った左足。幻惑で痛さを感じる奇妙な体験をしたそうだ。
頑張ってゴルフをやるから、その時はハンディくれよな、って松岡さん、
それとこれとは話が別です。第一、左足のツッパリがなくなって、
ボールがまっすぐ飛ぶようになるらしいと、自分で仰ったじゃないですか。
オマケに私の酷いチピーン、いまだ脱出できてませんので。
そういえば、4月はとうとう1回もゴルフをしていない。
こんなことぢゃ、人生、イカンなぁ←←←ナニが?
4月27日
長男の基紀と次男の宗一郎を乗せて6時出発でもてぎ。渋滞なしに肩透かし。
しかし、手に汗握るレースだった。トヨタが勝ってホンダが負けた。
それぞれ、眠れぬ夜だったことだろう。
トラちゃんの快走が、2コーナーにビンビン伝わってきた。
岩下エンジニアが“完璧なクルマ”と言っていた。返す返すも、
ピットアウトの時に、隣チームのインパクトレンチを引っ掛けて、
ペナルティをくらって遅れたのが悔やまれる。
それに引き換え、シンちゃんはイライラするほど不甲斐なかった。
トヨタの皆さんおめでとう! ホンダのみなさん、ご愁傷様。
ともあれ、快晴のもてぎのスタート前に、
これだけの観客を集められるイベントだ。
どうかいつまでも続きますように、と思ったのだった。
一昨年、乾かしたら雨、乾かしたら雨の繰り返し。
とうとう翌日に延期された難産のレースがスタートした瞬間、
晴れがましくて嬉しくて、涙が出た。みんなの苦労が報われたからだった。
短いけれど、そういう歴史をもてぎは重ね、
今年の決勝日は72000人が集まった。
インディ500を除くオーバルで世界一客が集まるのコースだという。
期待を背にしてCARTのCEOになったクリス・プークさんも、記者会見で、
“日本はCARTにとってとても重要なマーケット”と言っていた。
対抗勢力のIRLのトニー・ジョージ代表ももてぎに登場していた。
ホンダのお膝元、レースには負けたけれど、
もしかすると、もっと大きな何かをここで勝ち取ったのかもしれない。
ホンダは今年でCART休止を発表しているけれど、それはそれとして、
もてぎのオーバルが来年どうなるか、
スタートの瞬間の場内の興奮を眺めながら、
来年も見たいぞ!と、
仲間とともに気持ちのいい青空を仰いで思ったのだった。
4月26日
東京駅で待ち合わせて、もてぎ。1回目公式練習の最中に到着。
久々に聞くチャンプカーのエキゾーストノートに痺れる。いい音!
ホンダのブースでワインを飲んで威勢をつけて、予選は当然、2コーナー
危ないスピードで迫力満点だ。天気がイマイチだったのは心残りだが。
童夢の林社長と佐々木取締役、ヒロ松下さんを誘って合流した。
要するに、テクノロジーと運転の専門家を解説付き、という豪華な観戦。
実はヒロさん、実は2コーナー信者であった。林さんは、“どうしてみんな、
こんなに素晴らしいところに来んのやぁ!”と叫びつつ、観る。
しかし、“うん、今のは速かったで”、
と言うとトップタイム。これには驚いた。
どこ見たら分かるのだろうか?
レーシングパブの仲間と、もてぎのおうぎ亭で焼肉。うまい、安い。
時差ボケなので、食いすぎる元気なし。
したがって、今日はそんなに食いすぎず。
一旦帰宅、安全運転で江戸川の自宅まで1時間30分。もてぎは案外近い。
息子を3人連れて、明日は6時に出発だ。
4月25日
病院のはしご。道上龍ちゃんは思ったよりはるかに元気だった。
ちょうど、JRPの田中社長が面会に来ていて、質問。
“もう、走りたくない、とか思わないんですか?”。
龍選手、ちょっと困りつつ“今すぐ走りたくてウズウズしてます”。
そりゃそうだ。元々、走るのが好きでこの世界にいるんだものなぁ。
続いて、長期戦になっている北里にオヤジの見舞い。
これまでで最も元気。落ち着いて寝ていられないくらい。
しかし、自分の歳を考えた行動をししてほしい。
看護婦からかうのも、ホドホドに、ってことで。
明日はオデッセイでもてぎだ!
4月24日
時差ぼけで早起き。午前中はインターネットの確認作業。
なんだかバタバタ忙しい。
第二期ホンダ時代に活躍した市田勝巳さんが、関連会社にご栄転。
第二期時代の仲間に入れていただいて、赤坂で中華。
完全時差ボケに飲みすぎが加わって、1時に寝たら4時半に目が覚めた。
ベストカーの原稿を途中まで書いて、9時から再び1時間半寝る。
あ、これはすでに“明日”のことだ。
今日が何日だったのか分からなくなくなった。
4月22日と23日
朝7時25分のフランクフルトを発ち、パリからモスクワ経由で成田。
遠かったなぁ。モスクワでサッカーのラモスさんを見かけた。
私は疲れていたので、サインは断った……(ほんとかよ)^_^;/~。 機内で見た週刊誌のラーメン特集。
辛抱たまらず、成田でクルマを受け取って、
サービスエリアでラーメン。
なんだか寂しいけれど、とってもうまかったなぁ。
帰宅して、書きかけの原稿を仕上げて青山でホンダのCART壮行会。
ドライバー6人が勢ぞろい。いよいよもてぎが近づいた。
下馬でカレーをご馳走になりながら、単行本の打ち合わせ。
深夜に帰宅して、メールの返事を片付け始めたら、既に3時。
う〜ん、明日の九州オートポリスでのマツダ・アテンザの試乗会、
やっぱりドタキャンだ。マツダ広報の皆さん、
キャンセルゴメンナサイ。
またもや狼少年の私は、
年を取っているので狼男と呼ばれるのでしょうか?
元ホンダ広報(存在としては今でもか?)の松岡さんが、
静脈瘤の一大事というショッキングなニュースが届いていた。
左足であり、関節が残ったのは不幸中の幸い。
“松岡洋三さんをもう一度ティーグラントに立たせる会”に、
早速申し込み。
松岡さん、頑張って!
4月21日
松浦孝亮のいない寂しいドイツF3……と大袈裟に言っておけば、
これをバネにして、次からいいレースをしてくれるだろう、
という期待を込めて。
しかし、もう一人のお目当て、
DTMデビューのジャン・アレジはやってくれました。
アンダーステアの不満が残ったままのメルセデスCLKを
、実に果敢に操って、前のクルマを抜きまくり、ゲ なんと3位表彰台もの! それ以前に、DTMは素晴らしい。
ドライバーが寄り添う全車が、スタジアムコースの約1km区間を、
チームスタッフの手で押されて練り歩き、
万来の拍手の中をグリッドに向かう。
そこから、スプリントの予選レース、
タイヤ交換がある決勝レースと盛り上げる。
ともあれ、最も拍手が多かったアレジの3位で、
スタンドはますます熱くなり、
晴れ間の向うに、DTMの人気回復の兆しが見えたのだった。
クラモティとともにフランクフルト空港まで
idea & ARTAグループに送ってもらい、
空港地下の中華で今日も食いすぎ。空港近くのホテル泊。
明日の早朝、ドイツを飛んで、
お楽しみのモスクワ経由はパリで乗り継ぎ。
4月20日
天候とトラブル続きの今回の旅を象徴するような、
松浦選手とアレジの成績。
日曜日の予選をクラッシュで失った松浦選手は、
今日の予選&レースで“復活”を期待したけれど、
彼らしい元気をみせることなく予選6位。決勝も雨に足をすくわれ7位。
明日のレースは、誰かが出場を取りやめない限り、
オレンジ色のゼッケン16に出番はない。
厳しいけれどそれがレースだ。努めて明るく振舞うマッツンの復活を待とう。
アレジの方は、メルセデス陣営の不振、というよりアウディの俊足の前に、 成すすべなしの14位。アレジと同じくメルセデスCLK(アレジは新型)に乗る
ピーター・ダンブレックは、メルセデス陣営が振るわないの雨のせい。
“雨でタイヤラバーが流されて、路面のグリップが上がらない。
滑る路面とのマッチングがよくないみたいだ”。
天気予想は、明日は晴れる。
天気と一緒に、アレジの調子も回復しほしいな、と。
夕食は、アイスバイン。
ホテルのフロントで、お奨めのレストランを尋ねる。
しかし、ドイツといえば豚の塩茹で……と思っていたら、
フロント4人が総がかりで電話調査をしてくれた。
実はかなり特殊な料理?
イチゴ大福みたいに、誰でも知っているけれど、いざ食おうと思ったら、
売ってる店を聞かれたら、ははてどこだ? という状況なのか?
ともあれ、RESTAURANT SUDPFANNEKのそれは、
一旦茹でた骨付きの大きな肉を、
グリルした豪華版。サスガに食いきれず。今日も食いすぎ。
ところで、昨日の“アヒル焼き”は、
焼きアヒルの間違いでした……^_^;/~。
4月19日
ハイデルベルグのホテルの朝飯がとってもおいしかった。
つまり、体調抜群の朝。
池辺さんの車で、クラモティと3人で、20分ほどでホッケンハイム。
DTMの新人、ジャン・アレジあいさつし、松浦孝亮のF3の予選を見物。
しかし、トップタイムを記録したその次の周に、
マッツンは派手にクラッシュ。
ドライバーに怪我はなかったけれど、オレンジの愛車は左半分が吹き飛んだ。
予選終了直前にやっと修復してコースインするも、雨が酷くなって万事休す。
今日の予選で日曜日の決勝、明日の予選で明日の決勝、という規則によって、
日曜日のレースの予選落ちが決まってしました。残念。
一方、屋根があるから窮屈だ、
と初めて乗った時に違和感を訴えたというアレジ。
その後すっかりそれを忘れて、“今はとってもハッピー”と、
生き生きした顔でデビュー戦を迎えたアレジも、イマイチ調子が出ない。
二人とも明日に期待、ということで。
夜の中華、“アヒル焼き”がとってもおいしかった……^_^;/~。
4月18日
チューリッヒからI氏のクルマでフランクフルトへ。
途中で、サービスエリアのミニカーショップで1/43のタキ・ローラを買う。
1969年日本GPに出場した懐かしいクルマだ。
こんな所にどうしてそんな稀少の品が、と思いきや、
その店、日本で見られないミニカーの宝庫。思わず1時間の店内探検。
1/24のポルシェ904やBMW350CSなどなど。
よだれを抑えつつ、衝動を押されるのに苦労した。
昨日に続いて無駄遣いになるところだった。
今日は、タキ・ローラだけで勘弁してやろう……^_^;/~。
タキ・ローラを積んだメルセデスは、一路北へ。
22日の帰りのチケットを空港で確認し、クラモティと合流。
フランクフルト空港の地下で海鮮ラーメンを食って、
ハイデルベルグのホテル。
外は雨。週末の天気が心配だ。
b>4月17日
チューリッヒのI氏宅。
午前中に福井ホンダ研究所社長インタビューのまとめ。
期待が膨らみ、今後のF1が楽しみになる。
次のターゲットはカナダ、とのこと。
朝飯は蕎麦。昼はマクドナルド。
I氏に教えてもらった近所の模型屋で、
1971年にラウダが乗ったマーチ711と
マッツァカーネが一昨年乗ってたミナルディ、
フィレンツェンのフィギアを購入。また無駄遣い?
それににしても、奇妙な取り合わせ。
店員が、思わず、“マッツァカーネ”。
変な奴と思われたかも。
ミナルディは、小学校5年生の三男の好み。
フィレンツェンは、次男のファボリット、というわけで。
高い土産だ。^_^;/~。
夕食は、フンギのパスタとサラダ、そしてハムステーキ。
I氏と二人でクッキング……って、
別に怪しい関係ぢゃないけれど└(=^O^=)┐ 。
4月16日
ミラノは雨。しかし、それどころではなかった。
2時発のチューリッヒ行きに乗るために、ミラノ中央駅へ。
切符をどこで買うのか分からないので、インフォメーションへ。
お兄さんの言葉を聞いて、目が点になった。“ストです”……!
グァ〜ン。しかし、夕方には終わるらいしときいて一安心。
しかし、やることなくて退屈退屈。
やっとのことで5時45分発チューリッヒ行き。
売店で夕飯を買い込む。新発見。
でかいコロッケみたいなのを買ったら、
なんと、米のごはん。要するに、イタリアのおにぎりだった。
今日から木曜日にホッケンハイムに移動するまで
チューリッヒのI氏宅に居候。
4月15日
昨日の半生アサリがよくなかったか? 少々お腹の具合が怪しい。
昼食前にミラノのドーモ見物。初めて中を覗いて今更驚いた。
内部の空間のでかさ。外観のしつこさにも参っていたけれど、
何百年も前の作業でこれだけの物を作っていたと思うと目が回った。
でかさだけでなく、巨大なパイプオルガンの音響効果も当然考え、
ステンドグラスの光の使い方や、
宗教まで含めたトータルマネージメント。
レトナルド・ダ・ビンチっていったい何者だったのかと思う。
夕食は、元F1ドライバー、
イーヴァン・カペリの友人、フラビオのレストラン。
これまた、ダビンチが済んでいた広場の一角にある瀟洒な店。
いつ来ても、豊かな気分になれる。
もちろん、これがけのシチュエーションの中でいただく料理は最高。
一緒に行ったのがパパロジャーでなく、
妙齢の女性だったらモアベター……^_^;/~。
4月14日
シューマッハのヒトタ芝居。しかし、
雨の予報であれこれ考えて、勝手に盛り上がった自分が悪い……^_^;/~。
しかし、何も起こらなかった。起きたことと言えば、
トヨタと琢磨がリタイアしたことだけ、って、悲しすぎ。
夕刻、パパロジャーと沼口カメラマンのクルマでミラノ。
夕食のボンゴレ、めっちゃうま。
ミラノ泊。それにしても、イタリアはゴルフ人気がほぼゼロでガッカリ。
マスターズは、テレビもないし、新聞に結果されも出ていない。
イタリアがちょっと嫌いになったかも←←←ウソウソ。
4月13日
雨のち晴れの予選。雨だとブリヂストン、晴れるとミシュラン、
というバランスを、フェラーリの2台が破って1−2。やっぱお膝元?
しかし、イモラが、本格的幕開けのヨーロッパラウンド緒戦というのは、
とってもよくできた設定だ。このコース、マシンの力を如実に表す。
高速で登り区間もあるからエンジンパワーも必要、
高速ならダウンフォースも重要、
ブレーキも高い次元が要求されて、安定したマシンだけが踏んでいける。
そういうところで、フェラーリ、マクラーレン、ウイリアムズ、ザウバー、
そしてルノーが並び、BARが9位と11位。トヨタは辛い予選になった。
ここまでの3戦とは、ちょっと違った景色が見えて、
明日のレースが心底楽しみ。
心配なのは天気だけ。ホンダのスタッフから、“雨が降ったら表彰台かぁ”、の声。
もちろんジョークだが、ホンダ陣営からそういう声が出たと言うことは、
明るい未来が見えた証拠か。ともあれ、明日のレースは二重マルの注目だ!
4月12日
七転八倒は昨日で終わりト思っていたが、世の中甘くない。
本日、待っていたのは悪天候だった。
ローマで座席に座ったら機長のアナウンス。
“ただ今、ボローニャ空港閉鎖中でござる”……!
思わず笑った。しかし、1時間遅れてなんとか出発。
それにしても、霧で全然見えない中の着陸って、
それはそれは怖かったでございます。生きた心地がしなかった。
到着時間はきっかり11時、サンマリノGPの開始の時間なのだった。
ボローニャ空港まで迎えに来てくれたNちゃん、
昨日も今日もお待たせしました。
彼のクルマでイモラに着いたら、今度は駐車パスがない。
“昨日で売り切れ。ボローニャからなら電車で来れるわ”って、あのなぁ。
やっぱりイタリアはファジーで平和だ。
プリプリしながら、やっとの思いで到着すれば、
本日のホンダのモーターホームはトンカツ弁当。
捨てる神あれば拾う神あり。モロウマ!
世の中、本当にうまくバランスとれるなぁ、と。
4月11日
成田から、モスクワ経由でイタリアに到着。しかし、まだローマ……^_^;/~。
結局、モスクワからのフライトが、成田の遅れをそのまま引きずったまま。
いや、アエロフローと自体は親切だった。モスクワで乗った時、 スチュワーデスにタイとコネクションを伝えると、
荷物を前方に置かせてくれて、
ローマ到着の少し前に“ビジネスクラスにお座りください”。
かなり見直す。しかし、到着したのが出発時間の15分前。 とにかくゲートにいってみよう、と言うことで走った走った。
ところが悪いことは重なるもので、よりによって一番遠いゲートだもの。
こういうところに普段の行いって出るなぁ……^_^;/~。
と、感心する間もなくて、
ゲートに着いたその数秒前に私の飛行機は飛んでいた。
ファジーの国イタリアのアリタリアだってのに、こういう時に限って正確だ。
空港隣接のヒルトンに泊まることにしよう。しかし。
フロントで聞けば280ユーロって、3万円以上ぢゃねぇか。
どこか、安いホテル、ありません? 高級ホテルの親切なフロントの
お兄さんのお蔭で、70ユーロのホテル泊。しかし、通信不可能で、ふて寝。
翌日聞けば、電話線を自前のにすればいいんだと。
ナントモハヤ、コンチクショーメだよなぁ。
しかし、これでまたひとつ勉強になりました、ということで。
翌日の便が10時過ぎのボローニャ着しかない。電車で行くかとも思ったが、
ローマ⇒ボローニャは山越えがあってスピード出せず、4〜5時間かかりそう。
結局、飛行機にしたものの……続きは明日。
4月10日
夕べからCG誌の原稿にかかる。
案外スラスラ書ける。文句が好きだからなぁ。
午後から、江戸川区民会館でパワーポイントの講習会。
こんなの受けてる暇があるのかぁ? とも思うが、
これもアエロフローと対策。
昼間できない原稿書きが嫌でも残る。したがって、寝る時間がなくなる。
なくなると、眠い。
眠いから、アエロフローとでもグッスリ、と昨日も書いたっけ。
いや、何回も書かずにいられないくらいプレッシャーがあるってことで。
そういえば一昨日、萩原レーシングの萩原さんから
“米山剛のコンペ”のお誘い。
時間がない、となくなく断った。しかし、
パソコン講習なんか行けるなら、断らなければよかったか。
そしたらもっとグッスリ眠れたのに……^_^;/~。
ともあれ、もう一息。ベストカーの原稿にかかろう!
4月9日
昼間での予定の佐藤琢磨の原稿が1時間ほど遅れた。
しかし、とりあえず完成して一安心して、西麻布の春で夕食。
某社のM氏とH氏、間瀬明さんと昔話をスライドしつつ今と未来を語る。
間瀬さんライブラリー、60's、伝説図鑑など、やりたいことが山積み。
その一方で、レイナードが倒産したと言うのに、
フォーミュラ・ニッポンを預かるJRPのマヌケな対応。
今年一杯パーツは間に合います、って、オイオイ、最高峰のFポンて、
シーズン中に進化しないカテゴリーだったって、
自ら認めてどうすんだって。
やっぱりこの際、Fポンは、F3にするしかないか。
これをテーマに、明日までに1本書き上げる予定。
ぐったり疲れて成田に向かえば、アエロフロートでも眠ってしまえる。
明後日の熟睡に備えて、頑張ってみようかな、と……^_^;/~。
4月8日
マーチは今日で返却。最近のクルマは、確かに変った。
100万円ちょっとのクルマにキーレスエントリー。
大衆車と高級車の渾然一体というか……。
一億総中流意識がまたまた増長しそうで、少しだけ複雑。
朝まで起きてて3時間睡眠。原稿は、進んではいるのだけれど、
なんだか文字を埋馬手いるだけの作業のような……^_^;/~。
しかし、最近の忙しさは、間違いなく第二次F1ブームの予感だ。
これまた、嬉しい反面、心配もあって少々複雑。
ダッコチャン、フラフープ、エフワン、というジョーク、
少なくとも第一次ブームでは当たっちゃったので。
今度は、いかがかなぁ?
4月7日
1日休業したら、浦島太郎になった気分。
パソコン対策に時間を取られて原稿がと大きく遅れた。
朝まで頑張ったけれど、結局、鈴鹿の日本GPには行けず。
誘ってくれたMさん、根性なくてごめんなさい。
その代わり、家族でしっかりテレビ観戦。
女房がmotoGPのファンになった。
それにしても、4ストか2ストか。新たな興味で盛り上がれそう。
4月6日
パソコン不調で休業。
したがって、以下は翌日のズル書き込み。
富士にFポンの予選のついでに行なわれた“ニューGC”の発表会。
パソコン対策で早々に引き上げたら、午後の予選で道上がクラッシュ。
心配だったので、由良拓也さんに電話。命に別状ないとは言え、
しばらくレースはできない状態らしい。才能あるのに、ツキがない。
しかし、そろそろ悪運は使い果たしたころだろう。
早く回復して、いいレースに期待しておこう。
4月5日
見えないコンピュータとの戦いで1日過ぎちまったぁ! バタバタしていて、ニッサンにマーチを借りにいく時間が とっくに過ぎていた。ニッサン広報部のOさん、ゴメンナサイ! ところで、コンピュータの修理がうまくいかない限り、 出先からの書き込みができない。 来週の木曜日にはサンマリノGPに出掛けるのに、 誰か、新しいコンピュータ、買ってくんねぇかなぁ? が、親指シフトなので、ソフトを入れるにしても、相当面倒。 なもんで、使いなれたこいつを直した方が、身のためか。 というワケで、しばらくサイナラかも。 そうなっても、具合が悪いのはコンピュータであって、 私ぢゃないので、ご心配なく・・・・・・^-^/~。 留守の間を、みなさん、よろしくお願いします。
4月4日
ザッカーの原稿にかかっていると、
昨日のカーグラフィックに続いて、
新たに発行されるTokyoWakerスポーツ版的雑誌を
請け負っている先輩から
佐藤琢磨の記事の打診。
今日の注文は、突然来て、厳しい締め切り。
嬉しいけど辛いなぁ。頑張りますけど……^_^;/~。
ともあれ、早速、写真の手配。
予算が厳しいのもまた辛いが。
磁気の調子が悪くなったので
注文しておいたアメックスのカードが届いた。
しかし、よく見れば、古いカードが来月までの期限。
なのに、杓子定規に、番号を変えられちゃった。
番号が変わると、いろいろ面倒な手続きが発生する。
もう少し親切に、番号が変わらない方法を教えてはくれないものか。
かくて今日もまた、文句の春一番が吹いたのであった。
4月3日
サンマリノGPはアエロフロートで。あぁ〜モスクワ経由。
しかし、パパロジャーの
“考え方によっては直線だから”という慰めで
少しは気が楽になった。そういえば、案外時間はかからない。
一安心して早めに寝たら、夜中に長男が頭痛。
いつにない激痛とのことで、病院へ。
CTスキャンの結果、異常なしでひとまず安心。
しかし、救急車、サイレン鳴らさずに来て欲しいなぁ。
“いつも鳴らしてます”って夜中の2時ぢゃ近所迷惑でしょうってば。
それから、救急車のサスペンション、酷い酷い。
乗り心地もヘッタクレもあったもんぢゃない。
隊長さんに聞けば、“トヨタはいいです。ベンツは酷かった”。
そういうもんかぁ? そもそも性能が優先されるべき救急車。
兵器やレーシングカーのように、予算を度外視し、
揺れの少ない“いい足”にしてほしい。
救急車に乗ってて血管切れちゃいましたぢゃ笑えないって。
そういうところでモータースポーツのノウハウが使えるはず。
お役に立てればいいな、と思う。
救急車で思い出したのは、小学校3年生の時のこと。
八王子で乗っていたタクシーが事故。
額を切ってオヤジと救急車に乗った。
なんと救急隊員がオヤジの戦友、二人は大盛り上がりときたもんだ。
ほったらかしにされた血だらけの美少年(←私)は複雑な心境だった。
救急車の中で隊長さんとサスペンションの話をする私を、
頭痛の息子も、将来、同じように思い出すのだろうか。
血は争えない、ということで……^_^;/~。
4月2日
高斎正さんから最新刊の著書が届いた。“モータースポーツの楽しみ”。
歴史の紹介。論創社・2000円。少々高いし小難しいな、と思いつつ、
風呂で読んだら、やめられなくなった。面白い。
売り文句の“目からウロコ”は本当だ。
例えば、「ふつうの人が変えない高価な自動車を、
レースという遊びに使えた超大金持ちも、
パリを中心にフランスに多かったので、
レースを始めたのもフランスでした」。
F1のことはもちろん、ル・マンやインディの事始や
その歴史の目からウロコ満載。おすめの1冊。
来週のサンマリノGPのチケットが
どういう訳か超満員で軒並みアウトで焦る。
飛行機裏知識の宝庫の
パパ・ロージャーのノウハウの助けを受けても、
いまのところ、モスクワ周りのアエロフローとしかない。
何とかならんかなぁ。
4月1日
面白いF1のお蔭で寝不足のからだに鞭打ちつつ(←少々大袈裟)、
昨日に続いてGT見物。2日で18人のコメントは、かなりきつかった。
久々に“仕事”をした感じ、なっちゃって、実はとっても楽しかった。
昨日クラッシュした星野さん、“予定になかったんだけど、
朝一で走らせてもらった。すぐに走っとかないと、残っちゃうから”。
クラッシュのマイナスイメージはそうして消すことは知っていたけれど、
直接聞くと、ウ〜ムと唸る説得力、当たり前か。
レース好きでおなじみの、プロゴルファー、芹沢信雄選手来場。
星野さん、影山正彦選手、新田守男、マッチ、右京と談笑。
富士のFポンに来たい、という芹沢さん。早速FISCOのOさんにご相談。
“そういう方なら喜んで”と、特別招待パスの手配を快諾。
両者喜び、またまたゴルフとレースの親睦が深まりそうで、
なんだか幸せな春の日。
| 過去の本日の山口正己 | |
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